ファッションライターsushiが独自の視点で、定番アイテムの裏に隠れた“B面的名品”を紹介するコラム連載「sushiのB面コラム」。第8回は、同氏の靴選びに欠かせない「ある2つの条件」を満たし、かつそのバランスが飛び抜けて優れた優秀靴と位置付ける「オールデン」の660について語る。
これまでを振り返ってみると、“洋服の自分史”の中で最もラディカルな変遷を経たのは革靴に関する好みだったかもしれない。スタイルのテイストに合わせて、革靴の嗜好も何度か移り変わった。スキニーデニムに「ドクターマーチン(Dr.Martens)」の8ホールを合わせていた時期もあったし、父親が持っていた「ダナー(Danner)」のエクスプローラーを勝手に拝借したり、“靴のロールスロイス”と呼ばれる「ハインリッヒ・ディンケラッカー(Heinrich Dinkelacker)」のウイングチップを恐る恐る履いていたこともあった。
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様々な経験を経た現在、徐々に固まりつつある自分のスタイルや生活リズムを踏まえた上で、靴選びに関しては「履き着心地」と「ドレスシューズとしてのデザイン性」のバランスが僕が革靴に求める最大の要素になった。そして、そのバランスが最も優れているものの一つが「オールデン(Alden)」の660というモデルだ。
1884年から米国の高級靴の象徴として君臨し続けるオールデンは「歩くための最高品質のギアを提供する」というスローガンを掲げるように、その革質の高さと、革新的な技術力によってもたらされる唯一無二の存在感が最たる魅力と言えるだろう。革の種類で言えば、老舗タンナーとして名を馳せるホーウィン社が提供し、“革のダイヤモンド”と呼び声高いコードヴァンを贅沢にあしらったモデルが多い。木型も特徴的で、土踏まずを持ち上げるようなアーチで人間の歩行をサポートしつつ足の均整回復を目的としたモディファイドラスト、アメリカントラッドの王道的なシルエットであるプレーントゥの990やチャッカブーツの1339などの人気モデルに採用されるバリーラストなどがブランドの代名詞だ。
一方で、今回紹介したい660に使われているのは、オールデンでも最も細身のアバディーンラストに、アッパーはカーフレザーという組み合わせ。アバディーンラスト自体は同社の木型の中で格段に流通が少なく希少性が高いという訳ではないが、オールデンにはローファーモデルに主にあてがわれるバンラストというラストが存在し、アバディーンラストを採用したローファーのモデルは多くない。それに加えて、コードヴァンではなくカーフのアッパーを採用するという、オールデンとしての王道を外している点でB面的側面のあるモデルなのだが、僕が660をB面的のみならず名品として愛してやまない理由が「ギア性とドレス性の見事なバランス感」という点にある。
革靴に求める要素には、耐久性やコストパフォーマンス、代替性など様々あると思うが、僕が重視しているのは「着用時のストレスのなさ」だ。オールデンといえば「コートヴァンこそ王道」と大多数が認めると思うが、コートヴァンは一般的に素材自体の硬度が非常に高く、足馴染みにも一定の根性が必要とされるため、合理的とは少々言いづらいと個人的に思っている。カーフは柔軟性に富んだ革質でフィット感に優れるのが特徴で、履けば履くほどに履き心地が向上していくのが魅力。靴紐が無い為に少々タイトフィットで着用するのが吉とされるローファー、さらに細身のラストとくればカーフは合理的な選択だ。コストパフォーマンス面においても、コードヴァンのモデルは近年値上げを再三行われていることもあり、カーフに軍配が上がるだろう。
660が名品といえるもう一つの理由が、見た目の美しさだ。ギア性を追求すれば、耐久性に優れるラバーソールやシボのアッパーといった選択肢も出てくるだろうが、それはしばしば見た目のドレス的な美しさとはトレードオフになる。ラバーソールというのもドレスシューズにはいささか武骨な印象を与えるだろうし、シボよりも滑らかな光沢がありしなやかなカーフの方が繊細でドレス的な美しさがある。タッセルローファーという形も、1950年代後半ごろのアメリカで弁護士などのエリートビジネスマンたちの間で特に愛されたデザインであり、本来カジュアルなローファーであるにも関わらず、ビジネスやドレスの場にも耐えうるデザイン性も認められている。加えてこのモデルにあてがわれているのがアバディーンラストというのもまたミソで、オールデンの木型の中で最も華奢なシルエットが、アメリカ靴というタフなイメージを中和してくれる。660は僕が革靴に求める「履き着心地」と「ドレスシューズとしてのデザイン性」のバランスが飛びぬけて優秀な靴の一つだと思う。
ところで、木型によるシルエットの違いはあれど、カーフレザーで細身のタッセルローファーなら他のブランドにも存在する。だが、その前提をもってしても、オールデンの660が特に魅力的であると言える理由がある。それはオールデンというブランドが、このタッセルローファーの生みの親である点だ。デザインを特徴づけるタッセルという飾りは、ヨーロッパの宮廷文化における意匠の装飾であったり、宮殿の内装に用いられた房飾りから引用されており、しばしば靴紐にも用いられていた。そのタッセル紐がついた革靴のデザインに感銘を受け、「タッセルのデザイン性を残しつつ、より履きやすい形にアップデートしてくれ」とニューヨークとビバリーヒルズの靴屋2店に依頼を持ちかけたのが、ハリウッド俳優ポール・ルーカスだった。そしてその2店の両方から偶然にもポール氏の要望を満たすべく制作を請け負ったのがオールデンだったのだ。ヨーロッパから持ち込まれたタッセル紐靴は、オールデンの手によって履きやすいスリップオンタイプのローファーにデザインされ、アメリカで現在の姿に産み落とされたのである。タッセルローファーという形自体が、元をたどれば房飾りのデザイン性と履きやすさという機能性の両立を目指した靴の一つの形だとも言えるし、そんなタッセルローファーの形をとるオールデンの660は、バックストーリー的にも特に手に取るべき名品だ。
* * *
上記の通り、僕が革靴を選ぶ際に最もバランスが良いと思うのは660な訳だが、オールデンがコードヴァンを代名詞として採用し続けるには確実な理由があるはずなのだ。そして、この機会でオールデンのコードヴァンについて改めて調べ、見た結果として確実に言えると感じたのが、「オールデンのコードヴァンの光沢には他のブランドや革には再現できない唯一無二の格好良さがある」という事だ。僕は高品質のギア、と言われれば機能性・耐久性・コストパフォーマンス等という合理性に優れているプロダクトのことばかりを思っていたが、もしかするとオールデンの謳う「最高品質のギア」の条件には、合理性に加えアウトスタンディングな見た目の魅力も含まれており、そのデザイン性を実現するために、唯一無二の魅力を放つコードヴァンにこだわるのではないか、という考察で論を閉じたいと思う。
もっとも、僕はコードヴァンの靴をギアとしてガシガシ履くような経済力は持ち合わせていない故にコストパフォーマンスの観点でもカーフ推しのため、そもそもオールデンからお呼びでない可能性が浮上してきてしまった。
>>次回は8月31日(水)に公開予定
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。
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