ファッションライターsushiが独自の視点で、定番アイテムの裏に隠れた“B面的名品”について語るコラム連載「sushiのB面コラム」。2024年1本目を飾るのは、「エディ・バウアー」のナチュラルリアルパーカ。世界初のダウンジャケット「スカイライナー」などの名作ギアで知られる同ブランドだが、大きな用尺で毛皮を使ったファッション性にも富んだこのアイテムは「そもそも存在を認識している人も少ないのでは?」と筆者。見た目のインパクトも機能性も“重量級”のヴィンテージパーカの魅力を深掘りする。
夏のアンチ過激派である筆者だが、逆に寒波は大好物である。寒波最高!
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東北出身の僕は一般の日本人に比べると、異常な寒さのへの耐性がある。東北を出てから知り合った人の多くは、気温が10℃を下回ると今日は真冬日だなんだとピイピイ言うが、10月末には日中の平均最高気温が一桁に達し、4月まで雪が降る地域に住んでいた僕からすると、名古屋や東京の冬は寒いというには物足りない。正直10℃前後であればアウターは厚手のコットン生地であれば気合いで乗り切れるくらいの感覚である。
故に、僕のような“寒さ耐性”が振り切れている服好きにとって、たまに来る強い寒波は手持ちの重量級アウターの手札を切るまたとないチャンスだ。多くの人は温かい室内に籠ると思うが、僕は年に2、3回出番があるかないかの最強アウターを羽織り、嬉々として街に繰り出す。記憶に新しいところだと、昨年の12月22日、名古屋は強い寒波に見舞われ、初雪が降った。珍しく気温は夜には5℃を切るような寒さだったのだが、この日に着用していた今回紹介したいアウターの前にはその程度の寒波は無力だったのである。
という訳で、本連載の2024年初回は、手持ち服の中でも最強の防寒性能を誇る「エディ・バウアー(Eddie Bauer)」の1950年代ヴィンテージから、ナチュラルリアルパーカを紹介したい。
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エディ・バウアーは2020年に100周年を迎えた老舗アウトドアウェアブランドで、高い機能性をウリに長い歴史を紡いできた。1994年に日本に初上陸し、2021年に一度は日本市場から撤退するも、昨年伊藤忠商事がマスターライセンスを取得する形で再上陸を果たした。
近年はカジュアルウェアの展開も認知が高いが、そのDNAの根底には間違いなくハイクオリティなギアのサプライヤーとしての精神がある。テニスグッズの販売店からスタートしたエディ・バウアーのブランドは、フィッシングフライの生産やバドミントン用のシャトルコックの特許取得などを経て、1936年にはデザイナーのエディ自身が自然の猛威に晒され命を落としかけた経験をもとに誕生した世界初のダウンジャケット「スカイライナー」によって立ち位置を決定付けた。以降は世界大戦時のアメリカ軍に納入されたダウンフライトスーツや、世界第2位の標高を誇るK2への登頂に挑むアメリカン・アルパイン・クラブの為に制作された「カラコラム」など数々の名作ギアを世に送り出した。
今回紹介するモンスターのようなパーカは1950年代のモノ。時期で言えば上記のカラコラムや、1957年にアメリカの南極科学探検隊が南極で地球観測史上も低い温度である-74.5℃を記録した際のウェアを提供するなど、同社が“ゴリゴリ”のギア屋だった時代のプロダクトである。インナーにはあのスカイライナーダウンのライニング。アウターレイヤーは定かではないが、見たところおそらく、狼の毛皮を全面にあしらっている。一体何℃の環境を想定したつくりなのかはわからないが、おおよそ考えうる中でも最も寒さに強い機能の組み合わせではなかろうか。
そしてなんといってもこのパーカの最大の特徴は、アウトドアギアらしからぬその見た目のパワーである。スーパーロングの毛足のファーは柄の連続性が保たれるようにつなぎ合わせてあり、希少な毛皮を大きな用尺で使っていることが見て取れる。と同時に、毛並みの方向や色のグラデーションは美しくオーガナイズされており、プロダクトとしてのファッション性の高さをとっても名品であると言える。現代ではこんな服を実際に作れば一体どのくらいのコストがかかるのかは想像ができないし、正直、現代の倫理観を持ってすれば企画することもできないだろう。そういったヴィンテージ特有のロストテクノロジー的な部分も踏まえて、魅力が語られるべき逸品だ。
ただ難点なのが、このパーカはヴィンテージ市場でもほとんど流通を見ない。というより、この個体以外の実物の写真等が全く出回っていないのだ。同年代頃の同社のカタログにはかろうじて当時の商品としての紹介が確認できるものの、おそらくそもそもの生産個体数が著しく少ない上に、現代まで着用可能な状態で残ったものがほとんどないのだと思われる。いわゆるA面的な同社の代表作であるスカイライナーやカラコラムも当時のモノはどんどん流通数が少なくなっているが、このパーカはこの見た目のインパクトに反してそもそも存在を認識している人も多くない、知る人ぞ知る“裏”名品だと思う。
このパーカは先輩から譲ってもらった。以前から何度か記事でも“先輩のおさがり”を紹介しているが、僕はおさがりが大好きである。洒落ている人が着ていたというだけで、なんとなくその服のお洒落さが担保されるような気がするし、たかが一着の服かもしれないが、服を通して感じることができる「人とのつながり」が愛おしいと思う。
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半年ほど前に、名古屋の新栄にあるジャズバーにふらっと立ち寄ったことがあった。僕はジャズに関しては全くの素人だが、2軒目を探して歩いているときに目に入った「看板犬出勤してます」の文字と、凛々しい顔をしたミニチュアシュナウザーのチェキを無視することはできなかった。その日はジャズのステージはなく、通常のバー営業。時間が早かったこともあり店を切り盛りするオーナー夫妻のほかに客はいなかった。恐る恐る入店すると、白髪を後頭部で縛ったマスターが自分を一瞥(いちべつ)して「お兄ちゃん、妙な服着ているな」と一言。その日は確かユーロミリタリーのテントクロス生地でできたポンチョを羽織っていた。客層からすると比較的若かったことや、ジャズライブではなく犬目的で入ってきたのも物珍しかったようで自然と会話が弾み、その後何度か通う中ですっかりオーナー夫妻には「いつも変わった格好の子」として認識されることになった。
先の真冬日となった12月22日はこのジャズバーの40周年記念コンサートがあり、僕もひっそりと鑑賞しに行くつもりだったのだが、オーナーから「見かけたら声をかけたいけど、きっと会場は人でいっぱいだから、すぐ見つけられるようにいつも通り見つけやすい服で来てね!」と言伝。このパーカを着ていくしかないと思った。
気温が5℃を下回った当日、マフラーを真知子巻きした上にフードも被って出向いたのだが、会場の外でたばこをふかしているところをすぐに見つけてもらい「とんでもない服を着ているから一目で分かったよ!楽しんでね!」と声をかけてもらった。着ていた服がそうだったというのもあるが、とても心が温まるやり取りだった。一着の服の過去にある人とのつながりももちろん温かいが、その服を通して生まれる未来にあるつながりもまた尊いものだな、と感じた出来事だった。もちろん、看板犬とも仲良しだ。
>>次回は2月29日(木)に公開予定
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。
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