
第一線で活躍する著名人たちが、自身のキャリアに影響を与えた“東京”の街について語る連載企画「あの人の東京1年目」。15人目は、当時20歳の若さで「蛇にピアス」を出版し、鮮烈なデビューを果たした小説家の金原ひとみさん。不登校や中退といったアウトローな学生時代、出産・子育て、渡仏を経験しながら、社会のゆがみや生きづらさを言葉ですくい上げた話題作を生み出し続けている。「生きるために小説は必要不可欠」と語る、東京生まれ・東京育ちの彼女が思う、「東京をサバイブ」するための秘訣とは?夢追い人たちへ贈る、明日へのヒント。
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目次
社会の余白を感じさせてくれたアルバイトでの人間関係
幼稚園の途中までは板橋区に住んでいて、そこから府中に引越しました。小学生の時に、父の仕事の関係で1年だけアメリカのサンフランシスコで過ごし、大人になってからは当時の彼と所沢や元住吉で同棲したり、コロナを機に一時期は岡山やフランスで生活したりと転々としましたが、基本的に人生のほとんどが東京でした。実のところ、生活の場として親しみはありますが、「めちゃくちゃいいところだ!」と思うほどではありません。
私は昔から、どこか冷めていて、無邪気さから一番遠いところにいるような子でした。子どものくせに同世代の子どもと話すのが苦手で、「子どもっぽいな」とすら思っていました。従姉妹がディズニーランドでミッキーを見てはしゃいでいるのを横目に「どうせ中に人が入ってるじゃん」と吐き捨てるような。自分も子育てを経験して幼少期を振り返ると、全然可愛くない子だったんだろうなと思います(笑)。

16〜18歳ごろの金原さん
Image by: 金原ひとみ
幼稚園生の頃から休みがちで、小学校も途中で不登校に。中学校も三日しか行きませんでした。とにかく決められたルーティーンや集団生活に馴染めなかった。ですが、学校の外で出会う人や場所が楽しいと思えたのは、東京ならではだったのかもしれません。中学生で繁華街やゲームセンターなどに通うようになり、年齢や場所に縛られない人間関係が心地良かったのを覚えています。
高校は数ヶ月で中退しましたが、アルバイトは結構好きだったんです。掛け持ちするほどではなかったけれど、ファミレスや飲食店で、割とがっつりシフトに入っていて、人間観察がしたかったので、ホール希望で面接を受けていました。アルバイトって独特のコミュニティだと思っていて。週に何回も一緒に働くけれど、出自や育ってきた文化、世代が違う人が集まっていて、時々「マジでこの人何してるんだろう」っていう人もいる。若かった私に、そういう訳の分からない人の存在と関係性が、この社会の余白みたいなものを感じさせてくれました。
3人の母親を描いた「マザーズ」の誕生は早稲田のシャノアールで
「蛇にピアス」の執筆時は、元住吉で彼氏と同棲中でした。東急東横線が通っていたので自然と集まるのは渋谷で、時々新宿という感じ。友達とカラオケに行ったり、プリクラを撮ったり、同棲生活は割と真面目にこなしながら、合間に遊んでいました。

デビュー直後の金原さん
Image by: 金原ひとみ
今日久しぶりに来た早稲田は、「オートフィクション」を出版した後くらいに住んでいた場所。長女を保育園に預けてから、駅の近くの喫茶店「シャノアール」(現在はルノアールとして営業)で執筆するのが日課でした。
平日の喫茶店って、お客さんはまばらで静かなんだけど、ほぼ毎日来ている常連らしいおじさんやおばさんがポツポツいる。仲良くなったりしたわけではなく、“大体いつもいるメンツ”というのが、どこかに“通い続けた”経験のない私にとって新鮮で心地よかった。早稲田に住んでいた3年間、ほぼ毎日通って、そこで生まれたのが「マザーズ」です。

2022年ごろの金原さん
Image by: 金原ひとみ

早稲田在住時に通っていたシャノアール跡地(現在はルノアールが営業)
早稲田は学生街なので、暮らしやすい反面、ファミリー層からすると飲食店はかなり不毛地帯(笑)。行きつけのお店はそんなにありませんでしたが、「メーヤウ」というカレー屋さんがお気に入りでした。人気店でしたが一度閉店してしまって、元常連さん達がクラウドファンディングを呼びかけて、数年前に復活しました。数年前からウーバーイーツ(Uber Eats)にも対応しているので、たまに注文します。

現在のメーヤウ

一番人気のポークカレー
生活圏でいうと、出版社や書店が多い神保町も、特に若い頃によく行ったエリアです。土地柄でしょうけど、神保町の人は現実が見えているというか、地に足がついている感じ。少しくたびれた雰囲気が落ち着くんです。ただ、ふらっと喫茶店に入ったら編集者ばかりで全然落ち着かないなんてこともあり、私としては気が抜けない場所でもあるのですが。

1924年創業の神保町の老舗書店「東陽堂書店」。

小学館、集英社、岩波書店といった大手出版社がオフィスを構えている。
トレードマークのピアス遍歴、リップピアスは大失敗で流血
これまでのファッションは時代とともに変わってきました。若い頃はマルキュー(渋谷109)やアルタ(新宿アルタ)の、いわゆる「ギャルファッション」。原宿系と言われるような個性的なスタイルを取り入れる時もありました。フランスではそういう服装が絶望的に景観に合わず、ベーシックなものを求めて「サンドロ(SANDRO)」「ザラ(ZARA)」に駆け込みました。ですが面白いもので、帰国するとまた「やっぱりギャルだな」と以前のスタイルに戻っていきました。とはいえ、程よく現代に合うような服を選んでいますが。

16〜18歳ごろの金原さん
Image by: 金原ひとみ
歳を重ね、経験を積んだことで、なんとなく気負わずに生きられるようになってきた感覚があります。それは服装も同じで、バンドTシャツやバンドパーカで外出できるくらい気楽に過ごせる。昔はそんなこと絶対にできなかったんですよ(笑)。
トレードマークと言われるピアスを最初に開けたのは小学生の時。アメリカに住んでいた時期で、同級生で開けている子が多かったし、海外だと「イヤリング=ピアス」なので、つけられるものがなくて、両親も意外に「いいんじゃない?」と。
基本的にはピアススタジオで開けてもらうのですが、耳たぶから始まり、徐々に軟骨に。開ける場所はバランスを見ながら相談して、「左はこれ以上やるとバランスが悪いから次は右に」と左は打ち止めになりました。何かの節目だとか、具体的なきっかけはそれほどなく、いつも思い立ったら開けています。

唇はフランスに住んでいた時に自分で開けました。「M・A・C(メイクアップ アート コスメティックス)」の広告だったか、リップピアスをした素敵なモデルの広告を見て、「絶対やりたいな」と。でもセルフのニードルに慣れていなかったので、最初は大失敗してだらだら流血しました。傷口が安定してから、もう一度トライ。緊張で汗だくになりながら開けた記憶があります。
最近、芸能人や一般の方でもボディピアスをしている人が増えてきましたよね。それを見て、またどこかに入れたいなという気持ちが芽生えてきました。耳を増やすか、ボディの変わり種にするか、悩み中です。
フランスでの生活で東京をより俯瞰して見られるように
私は小説にすることで、社会で起こっていることや立ち向かわなければいけない人を咀嚼する人間で、自分が生きるために小説は必要不可欠。ありがたいことに、これまで大きなスランプや挫折はありませんでした。でも、フランスに移住してからの2年弱は勉強と育児と生活とで物理的に時間が無く、「このまま自分が損なわれ続けて消えてしまうかも」という恐怖心に駆られていました。子どもが成長し、ようやく書けるようになってきて、「ああやっと息ができる」と安堵しました。
フランスでの生活は東京をより俯瞰して見られるようになった契機でもありました。なんといっても、これほどお酒がすぐに入手できて、無限に飲めてしまうなんて異常ですよ(笑)。24時間営業のお店がそこらじゅうにあり、しかも手頃な価格。良くも悪くも、際限なく遊べてしまいます。パリではエッフェル塔やモンパルナスタワーがある15区に住んでいたのですが、市内にテアトルや映画館のようなエンタメはあっても、ゲーセンやプリクラ、カラオケのような“ストリートでの遊び場”はほとんどない。「東京のシステムや街並みは当たり前ではない」と思えるようになりました。

とはいっても、私の小説の舞台として、新宿や渋谷、港区エリアなど東京がよく登場します。それはやはり、東京での生活が自分にとって現実的なものだからです。作品のために特定の場所に通ってリサーチするようなことはなく、ふとした時に出会った人やおもしろいものがヒントになります。去年実写化した「ミーツ・ザ・ワールド」の舞台は歌舞伎町。フランスに住んでいた時から構想していて、一時帰国の際に取った宿が歌舞伎町で、実際の空気感に触れたことで固まっていきました。
生活は全然普通です。小説家の友人とも普通の友達とも飲みにいくことが多く、たまにイベントやライブ、カラオケに行ったりという感じです。チンポム(Chim↑Pom ※現在はチン↑ポム フロム スマッパ!グループ)のエリイさんだけはよく「クラブに行こう」と言い出すので、朝まで遊ぶことがあります(笑)。
東京をどう“サバイブ”するか
これだけ長く“東京”と付き合ってきた私でも、慣れはしても馴染んだと感じることはありません。自分がどこかの土地に根ざすような人間ではないというのもありますが。目の前にある生活だけを常に紡いでいる感覚です。
その上で、東京で生きる人に何かアドバイスするとしたら、「いざという時に掴める手すり」を持っておくことでしょうか。小説や映画、音楽、自分が好きなもの、好きな人。東京の中ではなく、故郷でもいいし、海外のもの、今はもうない過去のものでもいい。「ここに立ち返ってくると、自分が取り戻せる」というものが何かひとつでもあると、大きな流れの中でも安心して歩いていけるんじゃないかなと。

それから、小説を書く・書かないに限らず、「許せないことがある」というのも人生において結構大事だと思っています。「まあ人それぞれだよね」だけでは絶対に世界は良くならない。善悪の判断を怠らないためにも、適切な怒りを持ち続けることはこの世界にとっても必要なことだと思います。
怒りは私にとって執筆の燃料でもあります。すごく腹が立った時は、怒りの最中で「どうやって小説にしてやろうか」と考えています(笑)。このシチュエーションを最も巧く、客観性を保ったストーリーに落とし込むにはどう書くべきか、と。怒りの大きさは、「よし、30枚くらいの短編だ」、「50枚くらいは書けそうだな」と執筆のエネルギーに比例します。
毎日ではないにしても、東京では自分を怒らせるものと急に遭遇します。そんな時は、ぜひ逃さず大切にしてみてください。

photography: Sumire Ozawa
◾️あの人の東京1年目
第14話:デザイナー リバー・ガラム・ジャン
第13話:お笑い芸人 ケンドーコバヤシ
第12話:俳優 河内大和
第11話:デザイナー コシノヒロコと西新宿
第10話:俳優 光石研と原宿・下北沢
第9話:デザイナー 東佳苗と新宿(文化服装学院)
第8話:エバース 佐々木隆史と上石神井
第7話:俳優 髙石あかりと高井戸
第6話:役者 佐藤二朗と登戸
第5話:お笑い芸人 エルフ荒川と神保町
第4話:オカルトコレクター 田中俊行と清澄白河
第3話:「アンジュルム」 佐々木莉佳子と赤羽橋
第2話:お笑い芸人 ランジャタイと大井町(旧NSC)
第1話:歌手・タレント 研ナオコと原宿
最終更新日:
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