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【インタビュー】テルマが見据える“グローバルニッチ”という道 「国境を越えて選ばれる服」へ

聞き手&文・大杉真心編集・平原麻菜実

 中島輝道が手掛ける「テルマ(TELMA)」が、新たな局面を迎えている。2026年、ブランドはTABAYAホールディングス(旧ユナイテッドアローズ)のグループに加わり、新体制へ移行。さらに10月には、「第44回 毎日ファッション大賞」新人賞・資生堂奨励賞を受賞した。

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 一人でブランドを立ち上げ、ものづくりのすべてを担ってきた中島は、この二つの節目をどう受け止め、これからのテルマに何を思い描いているのか。受賞式を終えたばかりの本人に、ブランドの現在地と、その先に見据える景色を聞いた。

「ようやくスタートラインに立った」

 若手デザイナーの登竜門として知られる歴史ある賞の受賞について尋ねると、中島は「本当に率直に、うれしかったです」と語った。ブランドの立ち上げ以来、目の前のものづくりに向き合い続けてきただけに、自分たちの仕事を外から評価されたことは大きな励みになったという。

「毎日ファッション大賞」の授賞式で披露したプレゼンテーション

 ただ、「ようやくスタートラインに立たせていただいた、という思いの方が強いんです」と受賞を到達点とは考えていない。「責任も意識しながら、使命を持ってものづくりをしていきたい」。喜び以上に、これからへの覚悟をにじませた。

経営を託し、ものづくりに集中

 現在は経営や資金繰りを任せられる体制となり、自身はクリエイティブに軸足を置く。「ものづくりに集中できる環境ができたのが大きな変化です。

 同時に、「自分一人だけで作り続けると、ブランドを成長させられない」と強く意識するようになったという。生産や販売、PRなど、さまざまな立場の人々と感覚や価値観を共有しながら、ブランドを土台から強固にしていく。

 もっとも、組織をやみくもに大きくする考えはない。「少数精鋭が一番いいと思っています」。かつて在籍した「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」も小さなチームでコレクションを生み出していたという。

アントワープとドリス、イッセイミヤケ

 中島のものづくりの土台には、アントワープ王立芸術アカデミー、「ドリス ヴァン ノッテン」、「イッセイ ミヤケ(ISSEY MIYAKE)」での経験がある。

 この取材の前日には、アントワープ出身の伝説的なデザイナー集団「アントワープ・シックス(Antwerp Six)」のドキュメンタリー映画「ザ・シックス(THE SIX)」の試写会があり、中島も出席していた。感想を尋ねると、留学時代の記憶がよみがえり、「もう一度、身が引き締まる感じがありました」と振り返った。

 アントワープ王立芸術アカデミーは、中島にとって「自分を知るための場所」だった。メリル・ロッゲ(Meryll Rogge)が同級生で、上級生にはデムナ(Demna)やグレン・マーティンス(Glenn Martens)ら、現在第一線で活躍するデザイナーが同じ校舎で学んでいた時代。「いろんな国の、個性豊かな人たちがいる中で、『あなたにしかできないことって何なの?』と徹底的に突き詰められるんです」。ただ好きなものを作るだけでは十分ではない。自身の感覚を言語化し、それを論理的に突き詰める訓練を重ねた。

 一方で、”洋服”を学んだのはドリス ヴァン ノッテンだったという。「どれだけクリエイションが素晴らしくても、売れない服はある。純度を上げすぎれば着られない服になるし、下げすぎれば選ばれない。そのバランスは、生涯追求していくことだと思います」。強いアイデアを、いかに人が着たいと思う服へ落とし込むのか。その難しさと面白さを、ドリスで学んだ。

2027年春夏のフィナーレに登場したロゴTシャツ。「Beauty is courage to imagine(美しさとは、想像する勇気である)」という言葉が記され、かつて師事したドリス氏が発した「The only true protest is beauty(唯一の真の抵抗は、美しさである)」に対する、中島なりのアンサーソングのような意味合いを持つ。

 そして帰国後、イッセイ ミヤケへ。そこで中島は、日本のものづくりと改めて向き合うことになる。「西洋で生まれ育った人が肌感覚で分かることを、頭で学びながらやっていては肩を並べられない」という実感が、日本独自の美意識や技術へと目を向けるきっかけになった。一枚の布から素材が最も美しく見える状態を探り、身体との関係から形を導き出す。そこで国内の産地へ足を運び、職人たちと出会った日々が、現在の中島の礎となっている。

着想源はいつも日常から

 創作の起点は、ごくありふれた日常にある。きれいな夕日、街を歩く人のスカートの揺れ方、床にくたっと置かれたジャケット、プリンの表面。そんな些細なものに潜む「言葉になっていない美しさ」に中島は惹かれる。「美しいものは、作るというより、周りから見つけるもの。日常にあるそれを、いかにすくい上げるか」。だからこそ、日々の風景を丁寧に見ることを大切にしているのだという。

テルマのシグネチャーの一つ「Printed Flat Jacket」。折り紙を思わせる平面的なパターンが特徴で、一度フラットに畳んだ状態でプリントを施すことで、プリントが入らない部分に白いベースがのぞく独特の表情が生まれる

 その原点の一つに、学生時代に出合ったマルタン・マルジェラ(Martin Margiela)の作品がある。カビを培養し、時間とともに服を変化させていくインスタレーションを見た時のことを、「自分が持っていた美の基準が大きく揺らいだ事件だった」と振り返る。発想一つで、ものの見方も価値も変わる。デザインとは新しい形を作ることだけではなく、人の視点そのものを変えることでもある。その体験は、今もテルマのものづくりの根底に流れている。

時間をかけることでしか、生まれないもの

 テルマを語る上でもう一つ欠かせないのが、日本各地の産地や職人とのものづくりだ。中島が惹かれるのは、「時間をかけることでしか生まれないもの」だという。「手で作業すると、均一に仕上げようとしても、わずかな違いや揺らぎが残る。人の手が入ることで、最初に想定したものとは少し異なる表情が現れるんです。その予想しきれない部分に面白さを感じます」。

 ただし、手仕事であれば無条件に価値があると考えているわけではない。「手間がかかっていても、服として魅力がなければ意味がない。大切なのは、その技術や工程からどんな新しい表現が立ち上がるかだと思っています」。

 新体制によって得た時間と資金面での後ろ盾は、こうした素材開発にも生きている。難度の高い開発ほど試行錯誤に時間と費用を要するが、以前は踏み込めなかった領域にも腰を据えて向き合えるようになった。その一つが、約150年と技術を受け継いできた和装の伝統技術だ。深い敬意があるからこそ、中途半端な気持ちでは踏み込めないと感じていた場所でもある。

 2027年春夏コレクションでは、足利銘仙のほぐし織に取り組んだ。織る前の糸に柄をつけることで、完成した生地に独特の揺らぎが生まれる技法だ。中島はその伝統的な表情を現代の服の中でどう更新できるのかを考えた。染め、色作り、製糸・紡績、紋紙作成、織り、仕上げ。一枚の生地が完成するまでに、何人もの職人の手を渡っていく。中島はその工程を「職人のリレー」と表現する。

2027年春夏コレクションで取り組んだ足利銘仙のほぐし織のテキスタイル。織る前の糸に手捺染で柄を付け、さらにジャカードと扱いの難しいラメ糸を掛け合わせた

Image by: FASHIONSNAP

 「すでに評価されているものを、僕らがそのまま使わせていただくだけでは意味がありません」。いつも教えを受ける立場だからこそ、自分からも新しい刺激や発見を返せたと感じられることが何よりの喜びだという。「みんなで試織を囲んで、『ああでもない、こうでもない』と言いながら、でき上がった瞬間にみんなの目が変わって、笑顔になる。あの瞬間が本当にうれしい」。職人の技術や感覚と、自身のクリエイションが交わることで、双方にとって未知の表現が生まれる。

国境を越えて”選ばれる服へ”

 中島の目標はシンプルだ。「テルマの服を、ただ自然に選んでくれる人が増えてほしい」。目指すのは、国や文化を越えて、服そのものの魅力が伝わること。「背景を知らない海外の人が見ても、純粋に服として魅力を感じる。その上で、知ればさらに面白くなる。そういうブランドにしていきたいです」。技術や背景を説明して評価してもらうのではなく、まず服そのものに惹かれること。その上で、ものづくりの奥行きや思想が伝わっていくことが理想だという。

 その根幹にあるのが「日常を華やかにする服」という考え方だ。ショーのラストを飾ったドレスでさえ、「本当は、もっと日常の中で着てほしい」と話す。「ドレスアップというより、カジュアルアップ。日中のパーティでも気負わず着られるような、そういう文化を作っていきたい」。

 だからこそ、ブランドの成長を実感する瞬間も数字の中にはない。自分が想定していなかった人が服を手に取り、自分とは異なる理由で気に入ってくれたときだ。「自分が意識していなかった魅力を、着る人が見つけてくれることもある。自分の手を離れたところで服の可能性が広がっていく。それを感じられたら、ブランドが成長していると思います」。

目指すのは"グローバルニッチ”

 こうした美意識やものづくりを、これからどのように広げていくのか。中島の口から繰り返し出てきたのが、「グローバルニッチ」という言葉だった。目指すのは、規模を追うことではない。テルマならではの価値観やものづくりを深めながら、それに共鳴する人へ国境を越えて届けていくことだ。

 「まだ気付かれていない価値や、言葉になっていない価値を見つけていくブランドでありたい」。まったく新しい形を作ることだけがデザインではない。「見慣れたものの視点を変えるとか、違うものを発見するとか。物の見方や価値観そのものを表現していくのが、自分の仕事だと思っています」。

まいた種に、花を咲かせる

 最後に、どんなデザイナーでありたいかを尋ねた。中島は、流行や時代の要求に応えるだけでなく、自分なりの美意識を大切にしたいと語る。「情報化で、いろんな価値基準がある時代。だからこそ、自分が何を美しいと感じるかを、しっかり持ち続けたい」。

 一人体制では叶えられなかったアイデアや構想が、中島の中に溢れている。「種はたくさんあります。それを一つ一つ育てて、花を咲かしていくことに時間をかけていきたいです」。

中島輝道
2010年、アントワープ王立芸術アカデミーを卒業。卒業コレクションが評価され、「Christine Mathys賞」と「Louis賞」を日本人として初めてダブル受賞。同年、ドリス ヴァン ノッテンに入社し、ウィメンズデザインに携わる。その後、日本のものづくりを学ぶため帰国。2014年にイッセイ ミヤケに入社し、「一枚の布」という概念を起点とした独自のシルエット表現や、国内産地との素材開発に取り組む。2022年、自身のブランド「TELMA」を発表

最終更新日:

聞き手&文・大杉真心

Mami Osugi

ファッションジャーナリスト

ニューヨーク州立ファッション工科大学(FIT)にてファッションデザインを、 文化学園大学にてファッションジャーナリズムを学ぶ。「WWD JAPAN」で編集記者として約9年間、国内外のファッションウィーク取材、デザイナーや経営者へのインタビューを担当。2021年の独立後もパリ、ミラノ、ロンドン、東京のファッションウィークを継続的に現地取材。年間約2カ月をヨーロッパでの取材に費やし、新鋭ブランドの発掘・紹介にも取り組む。クリエイティブとビジネスの両面からファッション業界を深く掘り下げ、独自の視点によるコレクションレビュー、トレンド分析、インタビュー記事を通じて発信。2022年より文化学園大学と文化学園大学の非常勤講師を務める。

編集・平原麻菜実

Manami Hirahara

FASHIONSNAP 編集記者

埼玉県出身。横浜国立大学教育人間科学部人間文化課程卒業後、レコオーランドに入社。国内若手ブランド、国内メーカー、百貨店などの担当を経て、2020年にビューティチームの立ち上げに携わる。ポッドキャストやシューティング、海外コスメレビュー、フレグランス、トップ取材など幅広い観点でファッションとビューティの親和性を探る企画を進行。2025年9月より再びファッションチームに所属。映画、お笑い、ドラマ、K-POP......エンタメ中毒で万年寝不足気味。ラジオはANN派。

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