Image by: Adachi Makoto
上海滞在生活の日々を綴るコラム連載「ニイハオ、ザイチェン」。東コレデザイナー、海外での企画生産を経てアパレルメーカーのアジア展開を担当する佐藤秀昭氏の視点から中国でいま起こっていることをお届けする。第10回のテーマは「上海のペット事情」。現地では今、Z世代を中心に空前のペットブームが到来中。ファッションブランドからもグッズが登場するなど市場は過熱しているが、一方で暗い影を落とす問題も発生しているという。
(文・佐藤秀昭)
上海は引き続き隔離の日々だ。3月末のロックダウンから、かれこれ1ヶ月近くが経ったが4月23日現在、先は全く見えない。今回は楽しい上海ファッションウィークのことを綴る予定だったが、残念ながらショーは軒並み中止となったため、予定を変更して「上海のペット事情」をお送りしたいと思う。
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2年ぶりに上海に来て感じたことは、犬を散歩している人が以前よりもとても増えたということだった。昨今のコーヒーブームとも共鳴し合い、愛犬を連れて来店できるカフェなども街中で多く見かけ、SNSでもペットとともに映るインフルエンサーの笑顔が溢れている。
最近では中国最大のEコマースを運営するアリババもペットビジネスに注力し、シャオミーなどの有力電気メーカーもペット用スマートグッズの開発に参入した。現在、中国のペット市場規模は日本の約3倍である5兆円規模まで成長しているそうだ。米投資銀行ゴールドマン・サックスは、中国においては「都会に暮らす若者が新たな家族を持つことよりもペットを選ぶ可能性に投資をせよ」と呼びかけている。
そして、商業施設や街中でも新しいペットショップだけではなく、猫カフェや犬カフェなどを多く目にするようになり、子豚カフェも見つけられた。このブームを支えるのはやはりZ世代を中心とした若年層だ。
比較的生活にゆとりがある層がペットを飼うことが多いのか、「pidan」「zeze」「petkit」といった外資系のペットグッズブランドの人気があり、中国ブランド「ボーシー(bosie)」でもデザイン性が高いオリジナルグッズが販売されていた。そして、街中では「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」の首輪をするゴールデンレトリーバーや「シュプリーム(Supreme)」の服を着るトイプードルも見られた。ファッションの文脈でもそのビジネスチャンスを見出せそうだと思った。
ただ、光差すペットブームに暗い影を落とす問題もある。それは安易にペットを購入した果ての無責任な飼育放棄や非人道的な虐待だ。その影響もあるのか、街中では多くの野良猫も見られた。僕自身、日本で保護猫を飼っていることもあり、上海に来る前から気になっていたことの一つだったが、幸運にも上海で野良猫の保護活動をする方たちとお会いすることができた。
2011年より上海に住む美弥さんは、文化服装学院を卒業した後、日本でアパレル、マーケティング会社を経て、中国のアパレル企業との合弁会社設立のために上海に渡った。現在は、上海に事務所を構える日本企業で環境素材を開発する傍ら、日中文化交流と猫保護のための会社を経営している。自宅では保護した4匹の猫を飼っているという。
彼女が所属する保護猫会の活動内容は下記となる。
- 地域猫のTNR活動
- 年間10匹以上の猫の保護から譲渡、その後のケア
- 寄付やボランティアなどのシェルター支援
※ TNR活動 : Trap・Neuter・Return(トラップ・ニューター・リターン)を略した言葉で、野良猫を捕獲し、不妊・去勢手術を行い、元の場所に戻す活動。殺処分数を減らすのに最も有効な手段と考えられている。
12月に訪れた上海近郊のシェルターでは2ヶ所で8000匹の犬猫が保護されていて、この日も100匹くらいの子犬が新たに施設に連れてこられたそうだ。「捨てられた犬や猫を保護すること自体がゴールではなく、この環境を改善することにも目を向ける必要がある」と美弥さんは言う。このような活動をライフワークとされている保護猫会の皆さんの姿勢や哲学には日々学ぶことが多い。ペットを飼うことは、家族の一員としてその生命に対して一生の責任を持つことなのだと僕は強く感じる。
Image by: Adachi Makoto
◇ ◇ ◇
ロックダウンが始まる2日前、怪我をしてしまった野良のメス猫を保護したと美弥さんから電話があった。病院で精密検査をしないと先住猫に病気を移してしまうリスクもあり、都市封鎖も迫っている中で、猫を飼っていない新たな保護先を探すのが難しいとのことだった。その時点でロックダウンが自分の生活にどのような影響を及ぼすかは想定できなかったが、病院の検査後すぐに我が家に引き取った。
ネズミ捕りにかかってしまい、身体の右半分の毛が抜けむき出しになった紅い皮膚が痛々しかった。自然の中で生きていた期間が長かったからか、預かってから2日間、食事も取らずトイレにも行かず、布団に潜って丸まったまま一切外に出てこなかった。さすがに心配し始めた3日目の朝、うぬうぬと布団から出てきてカリカリとキャットフードを食べ始めた。その8ビートの咀嚼音から彼女の明るい未来の話を思い浮かべられて、自然と涙が頬を伝った。
現在、彼女の怪我はだいぶ回復し毛も煌めいている。3食しっかりと食事も取り、ホモサピエンスのオスと生きていくこともすっかりと受け入れたようだ。猫の手も借りたいほど忙しいときには仕事も手伝ってくれる。彼女の存在は僕のモノトーンの隔離生活にきらめく光をもたらしている。
これまで中国ではペットショップで自分のお気に入りの子を選び連れて帰ることが一般的だったそうだが、上海や深圳などの都心部では保護猫を引き取る若者、野良猫に餌を与える活動をしている人たちも増えてきているそうだ。その背景には、留学から戻ってきた海外経験組の意識と経験、そして動物愛護のイデオロギーがある国々の方との交流などが影響を及ぼしているようだ。ここにも少しずつだが、一寸の光が差し込んできているのだと思う。
ハナレグミ「光と影」
来週の更新はお休みとなり、次回は5月9日(月)公開予定です。
■コラム連載「ニイハオ、ザイチェン」バックナンバー
・vol.9:上海隔離生活の中の彩り
・vol.8:上海で珈琲いかがでしょう
・vol.7:上海で出会った日本の漫画とアニメ
・vol.6:上海の日常 ときどき アート
・vol.5:上海に吹くサステナブルの優しい風
・vol.4:スメルズ・ライク・ティーン・スピリットな上海Z世代とスワロウテイル
・vol.3:隔離のグルメと上海蟹
・vol.2:書を捨てよ 上海の町へ出よう
・vol.1:上海と原宿をめぐるアイデンティティ
・プロローグ:琥珀色の街より、你好
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