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【連載:ゆるふわファッション講義】第12回 今再考すべき「マス向け既製服デザイナー」の重要性

文・蘆田裕史編集・佐々木エリカ

ゆるふわファッション論のトップ画像

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 「ゆるふわ大明神」の異名を持ち、長年京都を拠点に大学でファッション論を教える傍ら批評家・キュレーターとしても活動してきた京都精華大学デザイン学部教授の蘆田裕史氏が、「ファッション」や「ファッション論」について身近なものごとから考えるコラム連載。“おじさん短パン論争”とルッキズムの関係性を紐解いた前回に続く第12回は、マス向け既製服ブランドのデザイナーの役割とその重要性を、今改めて再考する。

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そもそも「ファッションデザイナー」は何をする人?

 「あのラグジュアリーブランドのデザイナー、今誰だっけ?」⎯⎯と、誰がどのブランドのデザイナーをやっているのか僕はすぐに分からなくなります。僕はあまり記憶力が良い方ではないのですが、それを差し引いても、昨今のラグジュアリーブランドはデザイナーが替わるサイクルが早すぎてついていけなくなってきています。おそらくは同じようなことを感じる人がいるのではないでしょうか。そんなデザイナーの交代劇についての記事が、少し前にFASHIONSNAPに2本あがっていました。

 ひとつは事実関係を整理するもので(こういうまとめ、便利でありがたいですよね)、もうひとつは「デザイナー交代が表層的な話題性創出の手段になるのか、それともブランドの真の革新を促す戦略的決断たり得るのか」と問いかけるものです。

 交代のサイクルの速さは以前から指摘されてきたと思いますが、ここ最近の傾向としては、マス向けのブランドが外部から有名デザイナーを起用していることを挙げられるでしょうか。最近では、「ジーユー(GU)」のクリエイティブディレクターにフランチェスコ・リッソ(Francesco Risso)が就任、「ザラ(ZARA)」がジョン・ガリアーノ(John Galliano)とクリエイティブパートナーシップを締結、というニュースがありました。

 ここで改めて考えてみたいのですが、そもそもファッションデザイナーとは何をする人なのでしょうか。そして、ラグジュアリーブランドの場合はなぜ「ファッションデザイナー」ではなく、「クリエイティブディレクター」や「アーティスティックディレクター」と名乗るのでしょうか。ディレクターはデザイナーではないのでしょうか。

 ファッションデザイナーを一般的な用法にのっとって考えるならば、おそらく「服を作る人」なのでしょう。一方で、とりわけラグジュアリーブランドのディレクターは服を作る以上の役割を担っている、ということが言えると思います(もちろん、ポリシーや仕事の仕方はブランドやディレクターによって違うので、一概には言えないかもしれませんが)。では、ディレクターの仕事とは一体、何をすることなのでしょうか。

「服作り」から「美学」の構築へ ラグジュアリーブランドがディレクターに求めるもの

 少し遠回りにはなりますが、そして一見どんな関連があるのかわかりにくいかもしれませんが、まずは最近のカルチャー批評において、文筆家のつやちゃんが提起した「Post-Genre Aesthetic」という概念が興味深かったので、その話から始めさせてください。

 この概念について、つやちゃん自身の言葉を引用すると、

ジャンルの文法を背景に退け、美学(=Aesthetic)、つまり作者と受け手が共有する世界観を、固有の質感を前景化させたうえで表現する態度を指します。*¹

 ということになるようです。つまり、音楽、ファッション、デザインなどの領域では、これまで「ジャンル」によって作家をくくることができたけれども、現代ではジャンルではなく美学⎯⎯作家が提示する世界観やムード⎯⎯が重要視されるということです。

 これはファッションにおいて、ラグジュアリーブランドや規模の大きなコレクションブランドのディレクターに求められることともつながるでしょう。ラグジュアリーブランドでのディレクターの役割は、ブランドが発表するひとつひとつのアイテムをデザインするというよりも、ブランド全体が提示するイメージの構築になっています。おそらく、現代においてそれがもっとも象徴的に表れているのが、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」のメンズのクリエイティブ・ディレクターに起用された、ミュージシャンのファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)ではないでしょうか。

「ルイ・ヴィトン」2027年春夏コレクションのランウェイショーに登場したファレル・ウィリアムス

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 たしかにウィリアムスは、2000年代前半にNIGOとともに「ビリオネアボーイズクラブ(BILLIONAIRE BOYS CLUB)」を立ち上げるなどしてファッションにコミットしていましたが、いわゆるファッションデザイナーではありません。ウィリアムスのようなミュージシャンをディレクターに据えるというのは、ルイ・ヴィトンというブランドがディレクターに求めているものが、服作りの細かな技術ではないということの証左となるでしょう。

ウィリアムスが手掛けた「ルイ・ヴィトン」2027年春夏コレクションのランウェイショー

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

 ただし、ひとつ注意をしなければならないのは、音楽においてはイメージ(美学)を重視することが新しい動向だと言えるかもしれませんが、ファッションにおいてはけっして新しいというわけではないことです。つやちゃん自身、ミュージシャンの制作プロセスについて、「鍵盤を叩きながら、リフを弾きながら、ジャムりながら、という音楽起点ではなく」「制作の起点としてこれまで以上にイメージボード/ムードボードを整え着手していくアプローチが増えている」ことを指摘しつつ、このアプローチが「元々は広告やファッション業界などのマーケティング・デザイン領域で使われていた」と述べているように、イメージ重視の制作プロセスはファッションの特徴でもありました。さらに言えば、それは制作プロセスのみならず、ブランドのイメージがどのように受容されてきたのか、という点においても同様です。

*¹ つやちゃん「2020年代の文化領域におけるPost-Genre Aestheticという波について」

シャネルが歴史に名を残せた理由——服同等に重要な「イメージ戦略」

 歴史を振り返ってみると、そのことが如実に表れているのがココ・シャネル(Coco Chanel)の場合です。ファッション史では、20世紀前半にシャネルが提案した服やスタイルが、女性の自立を後押ししたようなことがよく言われます。けれども、ファッション史家のヴァレリー・スティール(Valerie Steele)はシャネルについてこのように述べています。

ファッションの歴史は、シャネルがたった一人で一九二〇年代のスタイルを生み出したかのような印象を与えている。しかし実際に一九二〇年代のファッション誌をめくってみると、男女問わず多くのデザイナーたちがシンプルで着心地のよい服を作っていたことがはっきりわかる。実のところ、ファッション画の下に添えられた説明を読まずに、どの服がシャネルによるデザインであるかを特定することは不可能といっていい。*²

 スティールによると、シャネルが作っていた服は同時代の他のデザイナーとほとんど変わりなかったというのです。では、なぜシャネルだけがこれほどまで歴史に名を残しているのでしょうか。それは、シャネルが作り上げるイメージの訴求力が高かったからだと言えるでしょう。たとえば、シャネルのポートレートとして、彼女が横を向いてたばこを口にくわえた写真がよく知られていますが、この写真から「自立した強い女性」という印象を受け取る人も少なくないでしょう。さらに、しばしばファッションにおける至言として引用される、シャネルの発言もイメージ構築に役立っていたように思われます。

 シャネルに限らず、近代以降のファッション史を改めて見てみると、クリスチャン・ディオール(Christian Dior)の「バースーツ(Bar suit)」にせよ、イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)の「スモーキング(Le Smoking)」にせよ、私たちがその服を思い出すときに、服そのものというよりも、メディアを通じて普及したイメージを思い浮かべることが多いのではないでしょうか。

ディオールの通称「ニュールック」を纏った女性

クリスチャン・ディオールが1947年のデビューコレクションで発表した「バースーツ」

Image by: Serge Balkin/Condé Nast via Getty Images

*² ヴァレリー・スティール「シャネルの位置づけ」『ファッションセオリー——ヴァレリー・スティール著作選集』、アダチプレス、2025年、388ページ

日本の服飾学生が参照すべきは「マス向けブランドのデザイナー」?

 ここで、少しファッションデザインの教育に目を向けてみたいと思います。仮にデザイナーやディレクターの重要な役割に「イメージを作り上げること」があるとして、ファッションデザインを仕事にしたいと考える学生はどんなことを意識して学べば良いのでしょうか。

 今述べたようなことを踏まえ、僕はしばしば学生に、「ファッションという分野では、服を作るだけではまだ仕事の半分しか終わっておらず、イメージまで作り上げてようやく100%になる」という趣旨のことを伝えています。シャネルの例からもわかるように、これは過去から現在までずっと変わらない事実です。しかしながら、とりわけ日本におけるファッションデザインの教育のことを考えると、イメージだけ作ることができるデザイナーを理想としても意味がありません。というのも、欧米のファッションスクールであれば、最終的にラグジュアリーブランドのディレクターになる道が現実としてありえますが、日本のファッションスクールを卒業してラグジュアリーブランドのディレクターになるのは、絶対に無理とは言わないまでも、その確率はあまりに低いからです。さらに言えば、ファレル・ウィリアムスの例からも明らかなように、イメージを作るというのはファッションデザイン教育を受けなくてもできることです。

 そう考えると、日本において参照項として取り上げるべきなのは、むしろイメージを作ることよりもモノを作る能力が求められる、マス向けのブランドのデザイナー/ディレクターのあり方ではないでしょうか。2023年から「ユニクロ(UNIQLO)」で「ユニクロ:シー(UNIQLO:C)」を手掛け、翌年にはユニクロのクリエイティブディレクターになったクレア・ワイト・ケラー(Clare Waight Keller)も、ラグジュアリーブランドのアプローチとユニクロのそれとが根本的に違うと語っています。

 ワイト・ケラーはあくまでユニクロの話をしているのですが、これはマス向けブランド一般に敷衍(ふえん)できることではないでしょうか。そして、ファッションデザインの歴史を遡ってみると、さらに一般化できるのがクレア・マッカーデル(Claire McCardell)の事例だと考えられます。

 マッカーデルは日本ではそこまで知名度がないかもしれませんが、アメリカでは20世紀を代表するデザイナーだと考えられています。たとえば、1987年にニューヨークのFITミュージアムでは「Three Women(三人の女性)」という展覧会が開催されたのですが、そこで取り上げられたのがフランスのマドレーヌ・ヴィオネ(Madeleine Vionnet)、日本の川久保玲、そしてアメリカのクレア・マッカーデルです。ヴィオネや川久保玲はファッションデザインを学ぶ学生にとってはおなじみの名前ですが、それと同じくらい重要な人物だということです。

 なぜ日本での知名度が低いかというと、日本ではパリのファッションを中心に近代ファッション史を組み立てる慣習があり、かつ20世紀半ばの欧米のファッションの受容としてもパリのオートクチュールのブランドが主だったからだと言えるでしょう。それに対して、マッカーデルはアメリカの既製服メーカーのデザイナーであったため、なかなか歴史の線上に載せにくいのだと考えられます。

「ファッションデザインは問題解決」マッカーデルのデザイン思想

 まずは簡単にマッカーデルの紹介をしておきましょう。1905年生まれのマッカーデルは、1926年にニューヨーク芸術工芸学校(現在のパーソンズ美術大学)に入学し、在学中に同校のパリ分校に留学します。1929年にファッションデザイナーであるロバート・ターク(Robert Turk)のアシスタントとなり、タークに付いて既製服メーカーのタウンリー・フロックス(Townley Frocks)社に入社します。タークの急死によりコレクションを担当することになり、それが認められてチーフデザイナーに。その後、初期の代表作となる「モナスティックドレス(Monastic Dress)」がヒットしたものの、コピー商品があふれたためにタウンリー・フロックス社は閉鎖されることになります。その後別会社での勤務を経て、1940年に再建されたタウンリー・フロックス社に戻り、自身の名前を冠したブランド「クレア・マッカーデル・クローズ・バイ・タウンリー(Claire McCardell Clothes by Townley)」を開始します。

クレア・マッカーデル(1940年7月撮影)

Image by: Bettmann/via Getty Images

 マッカーデルが重要だと考えられるポイントはいくつかあるのですが、なによりも「ファッションデザインは生活のためのものであり、かつ問題解決だと捉えていたこと」が挙げられます。他のデザインの領域では、ヴィクター・パパネック(Victor Papanek)やブルーノ・ムナーリ(Bruno Munari)のようにデザインを問題解決だと考えるデザイナーが珍しくありませんでした。けれども、ファッションデザインを問題解決だと主張し、それを実践したデザイナーはきわめて少ないと言えます。たとえば、彼女は次のように述べています。

わたしのデザインアイデアは、ほとんど自分自身の問題解決のために浮かんできたものです。わたしの問題は、あなたの問題と同じ。わたしは自分でジッパーを上げ下げしたいし、自分でフックも留めたい。夕食を料理しながら、お客様も迎えられるドレスがほしい。みなさんも同じだと思います。*³

 デザインを問題解決だとしながらも、その出発点に自分自身(個人)を置くというところが、つねに着る人の生活を意識していたマッカーデルの特徴だと言えます。デザインを問題解決だと捉える場合、個人ではなく社会の方に主軸が置かれがちですが(たとえばパパネックがそうです)、マッカーデルはあくまで自分に力点を置きます。

 フェミニズムの運動などにおいて、「個人的なことは政治的なこと」というフレーズをしばしば耳にしますが、その言葉にならえば「個人的なことは社会的なこと」と言えるでしょうか。もちろん、ひとりの考えが人類すべてに当てはまるなんてことはありませんが、誰かが自分と同じような境遇にあったり、同じような悩みを抱えていたりすることは珍しくありません。私たちはひとりひとり異なる存在であるけれども、それでも共通点は多々あるからです。

*³ クレア・マッカーデル『わたしの服の見つけかた——クレア・マッカーデルのファッション哲学』(矢田明美子訳)、アダチプレス、2018年、23ページ

わたしの服の見つけかた: クレア・マッカーデルのファッション哲学

わたしの服の見つけかた: クレア・マッカーデルのファッション哲学

著: クレア・マッカーデル 翻訳: 矢田明美子 解説: 蘆田裕史
ブランド: アダチプレス
メーカー: アダチプレス
価格: ¥1,980(2026/09/29現在)

「今の世の中にどんな服が必要で、どうすれば普及させられるか」

 マッカーデルの素晴らしさについては色々と書けるのですが、長くなってしまうのでここではひとつだけ具体的な事例を挙げておきます。上の引用文中でマッカーデルが「夕食を料理しながら、お客様も迎えられるドレスがほしい」と語っていますが、その考えが表れているのが1942年に発表された「ポップオーバー(Pop-over)」です。これは戦争の影響により家庭からお手伝いさんが姿を消しつつあるなかで、女性が自ら料理を作り、そしてお客さんを歓待することのできるものとして考案されました。もっと言うと、家事も応接もできるドレスということです。エプロンのようにどんな服の上にでも重ねて着ることができ、そして何よりもそれを低価格で実現させました。発売当初の広告を見ると、値段が6.95ドルであったことがわかるのですが、これが今の物価に照らし合わせていくらかわからなかったとしても、日本の通販でよく見る「1万9800円」のような値段のつけ方に鑑みると、安さがアピールされていることは容易に理解されるでしょう。

 マス向けの既製服を作るには、値段を気にせざるをえません。どんなに素晴らしい商品であっても、高すぎると買ってもらえなくなるので。それゆえ、マッカーデルは生地や副資材の値段に意識的でもありました。このことについて、ヴァレリー・スティールはこう記しています。

マッカーデルのスケッチブックはさまざまなメモで埋められていた。たとえば「5.7ドルのツイードが4ヤード〔約3.6メートル〕 、2.5ドルのベルトが1本、1ダース1ドルのボタンが16個、2.75ドルの裏地用タフタが1ヤード〔約90センチ〕 、1ダース1.25ドルのかぎホックが7セット」といったように。*⁴

 今の世の中にどんな服が必要かを考えるだけでなく、それをどうすれば普及させられるかまで考えていたマッカーデルこそ、既製服社会の現代においてもっとも参照されるべきファッションデザイナーではないでしょうか。

 ここでは「マス向けの既製服」の話をしてきましたが、マッカーデルの考え方は不特定多数のお客さんを想定する大規模なブランドだけでなく、規模の小さなコレクションブランドにも通用するものです。自分が作る服がいつ、どこで、どのように着られるのか、そしてそれが着用者の生活をどのように改善するのか。ファッションデザイン教育でもそういったことが意識されるといいのにな、と僕はつねづね思っています。

*⁴ ヴァレリー・スティール「まさしくアメリカ的なもの」『ファッションセオリー』アダチプレス、2025年、401ページ

★今回のテーマをもっとよく知るための推薦図書
・クレア・マッカーデル『わたしの服の見つけかた——クレア・マッカーデルのファッション哲学』(矢田明美子訳)、アダチプレス、2018年
タイトルにもあるように、本書は基本的にはユーザー(服を着る人)のために書かれたものですが、作り手にとってもさまざまな示唆を得られると思います。ただ、最初に出版されたのが1956年ということもあり、いま読むと同意できない価値観(夫を立てるべきとか)も散見されます。そのあたりを差し引いた上で読んでもらえれば。

・ブルーノ・ムナーリ『モノからモノが生まれる』(萱野有美訳)、みすず書房、2007年
「デザインとはなにか」、そして「デザインはどのように行うべきか」という問いについて考えるためにまず手に取ってほしい本です。実際に手に取ると、分厚くて躊躇してしまうかもしれませんが、後ろの半分以上は事例紹介なので、前半の理論パートだけ読むのでもOKです。

・ヴィクター・パパネック『生きのびるためのデザイン』(阿部公正訳)、晶文社、2024年
「デザイン」という行為にデザイナーがどのように向き合うべきか、取るべきスタンスについて論じられた本です。50年以上前に書かれてたものなのですが、デザインをめぐる状況はそこからどれだけ進展したのだろうか、と考えさせられます。

illustration: Riko Miyake(FASHIONSNAP)

文・蘆田裕史

Hiroshi Ashida

京都精華大学デザイン学部教授

1978年京都生まれ。京都大学薬学部卒業、同大学大学院人間・環境学研究科博士課程研究指導認定退学。京都服飾文化研究財団アソシエイト・キュレーターなどを経て、2013年より京都精華大学ファッションコース講師、現在は同大学デザイン学部教授。批評家/キュレーターとしても活動し、ファッションの批評誌「vanitas」編集委員のほか、本と服の店「コトバトフク」の運営メンバーも務める。主著は、「言葉と衣服」「クリティカル・ワード ファッションスタディーズ」。

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