日本でファッション業界のキャリアを積み、現在はニューヨーク・パーソンズ美術大学に留学中の高山純氏が現地のファッション事情をお届けするコラム連載「NYコラム」。第5回は同氏の視点から、ファッションスクールでビジネスを学ぶメリットとキャリア形成における課題を考察する。
ファッションスクールやデザインスクールは世界各国にあり、日本では文化服装学院、ヨーロッパではアントワープやセントラル・セント・マーチンズが有名だろう。
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アメリカではパーソンズの他にも、州立のファッション工科大学(FIT)、日本では知名度がやや低いエル・アイ・エム カレッジ(LIM College)やプラット・インスティテュート(Pratt Institute)などもある。FITはその名の通り、より技術面でのフォーカスが強く、パーソンズの方がコンセプトづくりや学際的な研究が盛んというのが一般的なイメージだと思う。とはいえ、パーソンズはトム・フォードやマーク・ジェイコブス、FITはカルバン・クラインやマイケル・コースなどいずれも米国を代表するデザイナーを多数輩出しており、甲乙はつけがたい。
そこで、今回は僕が所属しているパーソンズの大学院事情や大学院でファッションビジネスを学ぶことのメリットや、キャリア形成における難しさについても書いてみたい。
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パーソンズの大学院にはファッションのみならず、建築や写真、インテリアデザインなど約20の様々なコースがある。中でも有名なのは、いくつかある芸術修士(Master of Fine Arts、MFA)コースの一つであるファッションデザイン&ソサエティ(MFA)かもしれない。
パーソンズMFA出身の日本人は「コウザブロウ(KOZABURO)」の赤坂公三郎さんや、2021年に開催された東京パラリンピック開会式の衣装を手掛けた小西翔さん、「レシス(LES SIX)」の川西遼平さんなどがおり、デザイナーやアーティストであれば良い登竜門になっている印象がある。また、ファーストリテイリング財団の提供により学費が全額無料になる奨学金も、こちらのコースに進学する方の獲得確率が高いように感じる。約10年前、僕が大学時代に参加した講演会で山本耀司さんが「これからはほとんどのものがすでに試され、“ないもの”がないという時代になる。付加価値という無形の価値を争う時代においてはMBAよりもMFAの方が役に立つ」と豪語していたが、今になってこの発言がよりリアルにわかってきた気がする。
パーソンズの大学院はMFAのような王道のプログラムの他に、学際的なプログラムがあるのも一つの魅力だ。たとえば、Strategic Design Management(SDM)という修士プログラムは主にデザインバックグラウンドのある学生向けだが、デザインに特化したものではなく、デザイナーやデザインの良さをいかに引き出し、ビジネスや社会で活用していくかに力点が置かれている。従来は戦略コンサルティングのサービスを強みとしていたボストン・コンサルティング・グループやマッキンゼーもデザイン領域における人材の採用を強化しているようだ。企業からの需要増加や注目度の向上を背景にデザインとビジネスを掛け合わせた学位が人気になるのも理解できる。
僕が留学しているプログラムは「MPS Fashion Management」という修士課程のコースだ。「MPS」は聞き慣れない方も多いと思うが、「Master of Professional Studies(専門職修士)」の略で、ある職域に特化した修士、というような意味合いだ。ファッション経営専門の修士プログラムというと分かりやすいかもしれない。
普段は1クラス15人ほどのメンバーで各授業をセミナー形式で受けている。感覚値では20代半ばが多く、その多くが女性で、ほとんどクラスで男性は僕一人だ。4割程度が外国籍で出身は中国が最も多く、インドと合わせると半分を超える。その他はヨーロッパやアジア、南米など様々な地域出身の学生がいる。
授業の頻度は多くないものの、1コマ3時間弱のため一般的な大学の授業の2コマ分くらいのボリュームだ。詳しいカリキュラムについては割愛するが、ファッション業界において経営を担っていく上で重要なトピックがカバーされ、最終学期には各人がテーマを設定して論文をまとめることになる。また、課外プロジェクトでは文化服装学院との共同プロジェクトに参加している有志もいる。
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現在春学期が始まったばかりだが、1年制のプログラムであるがゆえにもう今夏には卒業が待ち受けている。パーソンズに限らず、FITも文化服装学院もそうだが、これらは「広義のデザイン教育を行っている学校」として認知されているため、卒業後はデザイン関連の仕事に就くという流れがわかりやすい。しかし、ファッションの中でもビジネス側に行こうと思うと話がややこしくなる。大手企業だと、デザインをはじめとしたクリエイティブ関連と、ビジネス側の募集は異なっていることが多い。求められる能力がそもそも異なるからだ。
卒業後の進路は様々だが、パーソンズ修士全体では8割程度が卒業後1年以内に就職をしているようで、残りの2割の進路は他大学院進学など。これらはあくまで「デザインスクール」や「アートスクール」での学びを評価された就職であったり、芸術分野研究を深めるための道に進んでおり、経営サイドのポジションは狭き門だと言える。
修士の中ではマネジメントというとMBAが一般的だ。採用に際してもMBA向けのインターンや採用のみ実施している場合が多い。僕自身も採用側にたった場合は、あえて伝統的なデザインスクール出身者から経営向けの人材を採ろうと思わないだろう。デザインスクールとしての強いイメージに加え、新しいプログラムであるが故の知名度の低さがネックになっている部分もある。そのため、パーソンズMPSの学生でも就職活動に際しては、学部向けのインターンに応募するしかなかったり、MBA向けなど制約のあるインターンは受けられなかったりする。学校としては米国のファッション業界との強いコネクションがあり、卒業生も活躍しているが、それはあくまでデザイン方面に限った話なのだ。
しかし今後、プログラム卒業生がファッション関連ビジネスで活躍するケースが増えればこの流れも変わってくるはずだ。時間は少しかかるものの、それは数年単位のみだと僕は思っている。鍵となるのがパーソンズのリソースの活用、そして学生の量・質の向上の維持だ。
リソースの面では、前段でも触れているデザイン分野のコネクションをMPSでも活かしていくことが重要だと言える。たとえば、Luxury Education Foundation(LEF)という業界団体は、主要ラグジュアリーブランドに加えてコロンビア大学やパーソンズが主体となってファッション業界の人材育成のために活動をしているが、パーソンズの関与はデザイン関連学科に限定されている。このようなコネクションをMPSにもつなげていく地道な作業が必要だと僕は思う。
先日、LEFがスポンサーをしているリテール関連のカンファレンスがコロンビア大学にて開催されたので僕も参加した。その際に開催側のメンバーと話をしたものの、MPSについてはそもそも認知されていなかった。MPSとLEFの交流がもっと深ければ、セッションをパーソンズでも開催するなどアイデアはいくらでもあるだろう。僕が在学中にできることは限られるが、MPSにもファッション業界にとっても少しでもメリットが増えるような提案などもしていければと思う。
また、現在のMPSの教員リソースも学生個々人がさらに活用する必要がある。専門職修士プログラムであるため、教員はほぼ実務家だ。つまり、研究は行っておらず、ファッション業界での別の仕事をもちながらパートタイムで教鞭をとっている。たとえば僕が今期履修している授業の担当教員は、投資ファンドの経営をしていたりする。事前にプロフィールがわかるので自分の関心のある分野に強い教員を選ぶと良い経験ができると思う。僕の周りにもファッションとファイナンスの両分野に興味のある学生がいるので、テーマを絞った少人数のセッションの開催しようと計画している。
MPSに入学する学生に関しては、MBA取得者やデザイナーとして豊富な経験がある人も以前に比べ増えているようだ。これは、ファッション業界経験の有無に関わらず新しいスキルやコネクションを手に入れ、ファッション業界で活躍したいと考える潜在的な層に対して選択肢を提供できている、ということの裏付けとも言えるだろう。先日パーソンズのストライキと懐事情についての記事にも書いたが、財政のためにもプログラムを拡大させる必要があり、今後は学校側もMPSの認知向上にも力をいれていくと思う。
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このようなリソースの活用と知名度の向上により学生の量・質の向上が図られることで、大企業はもちろん、僕自身も問題意識をもつ小規模デザイナーズブランドにおける経営に専門性を持った人材の輩出もさらに進むだろう。それはデザイナーやそのブランドを経営する人に限らず、外部の投資家などにとってもさらに良い効果を生んでいくことに繋がると思う。この三者が障壁なくスムーズに機能することはファッション業界がさらに成長するという点においても重要だ。
伝統的なデザインを教える学部の他にも、ファッションマネジメントをはじめとしてテーマ性に強いマスターがどんどん誕生している。このようにコラムなどで発信をしているのも、優秀な方にファッション業界での経営について興味を持ってもらったり、大学院への進学も検討してもらうきっかけにしてほしいと思っているからだ。この記事を読んでいただいた方の中からファッションやデザインとビジネスを掛け合わせた領域で良い経験ができる方が増えてほしいと切に願う。
■「NYコラム」バックナンバー
・vol.1:ニューヨークに賭けてみた
・vol.2:物価高とファッションの話
・vol.3:サーフィンと格闘技から考える新しいコミュニティの誕生
・vol.4:大衆化する「アートの力」
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