

パリ、ミラノ、フィレンツェの2027年春夏メンズコレクションにおいて共通して浮かび上がってきたのは、完璧な美しさや権威へのアンチテーゼとしての「個人の記憶の肯定」や「脆さの受容」である。AIやアルゴリズムが最適解を導き出す時代において、デザイナーたちは服に“人間のいびつな手触り”を残そうとしている。
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本稿では、5つの視点=コンセプト(思想・メッセージ)、スタイル(型・構図)、キャラクター(作家性・手ぐせ)、コンテクスト(歴史・文脈)、アティチュード(振る舞い・スタンス)から、メンズファッションの新たな地平を切り拓いた5つのコレクションを読み解いていく。
ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)
1. コンセプト(思想・メッセージ): フランス近代詩人ステファヌ・マラルメの詩「半獣神の午後」をインスピレーション源とし、現実と想像の境界が溶け合うような官能美を表現。ブランドのアーカイヴを無難になぞるのではなく、現実よりも美しい幻想に身を委ねるというポエティックなアプローチを選択し、ブランドの核である知的なエレガンスを引き継いだ点が最大の評価ポイントである。






©Launchmetrics Spotlight
2. スタイル(型・構図): 無防備で親密な心地よさを追求。本来は実用的なハンティングジャケットを極上のシルクやウォッシュドビスコースで仕立て直し、スパゲッティストラップやメンズでは珍しいバレリーナシューズを合わせることで、重力から解放されたかのような浮遊感と“脱ぎかけ”の色気を引き出してみせた。
3. キャラクター(作家性・手ぐせ): ジュリアン・クロスナー(Julian Klausner)の作家性を象徴するのは、ドリスから受け継いだ「スポンテニアス(自然発生的)」な精神のもと、より直接的に身体を見つめるアプローチだ。自身の直感とパーソナルな物語を投影し、深いネックラインといった肌見せのディテールを、重厚なメンズウェアの中にためらいなく滑り込ませる。ウィメンズのバックグラウンドを持つ彼ならではの繊細な感覚が表れている。
4. コンテクスト(歴史・文脈): ドリスの「詩情」という目に見えないDNAを、現代の最前線である「ジェンダーフルイドな官能性」へと翻訳することで、創業者不在のメゾンがいかにして魂を継承し進化できるかを、コレクションの完成度をもって証明してみせた。クロスナー自身の絶対的なシグネチャーをどう打ち立てるかによって、さらに評価は高まりそうだ。
5. アティチュード(振る舞い・スタンス): ロゴやKOLマーケティングで注目を集めるのではなく、あくまで「詩情」と「エレガンス」という知的な美学を貫く振る舞い。スタイリストのロビー・スペンサー(Robbie Spencer)と共に、内面的な成熟や親密さを提案した同コレクションは、トレンドに迎合しない「クワイエットで文化的なメゾン」としての揺るぎないスタンスを改めて印象付けた。
シモーン・ロシャ(Simone Rocha)
1. コンセプト(思想・メッセージ): 男性に対する優しさと、マスキュリニティの解体を時代に合わせて行うのではなく、デザイナー自身の内発的な必然性として表現。映画「眺めのいい部屋」をインスピレーションに、アイルランドからフィレンツェへ旅する主人公の物語を紡ぐことで、単なる服の発表を超えた奥深いキャラクター研究へと昇華させた。






©Launchmetrics Spotlight
2. スタイル(型・構図): メンズウェアの古典的コードに敬意を払いつつ、それを「少し混乱させ、乱す」デザインを実践。イブニングスーツのパーツを大胆に切り抜いてエプロンに変容させたり、スポーティなラグビーシャツにパール付きのバレエシューズを合わせたりと、労働者や芸術家の「人生のユニフォーム」を新しいプロポーションで提示した。
3. キャラクター(作家性・手ぐせ): シモーン・ロシャ(Simone Rocha)自身の「手ぐせ」である、パール、リボン、オーガンジーといった過剰なまでのロマンティックモチーフの配置。今季はそれを、スポーツジャージーのアシンメトリーなフリルや、オックスフォードシューズのピアスディテールなど、メンズの無骨な実用着の「予期せぬ場所」に執拗かつ美しく寄生させる特有の作家性が通底している。
4. コンテクスト(歴史・文脈):サルトリアの伝統と権威の象徴である「ピッティ・ウオモ」の舞台で、ウィメンズを出自とするデザイナーが伝統的なスーツを解体し、男性の脆さを肯定してみせた意義は大きい。一方で、このマスキュリニティの解体が、今後どれほどの持続力を持つのかが鍵になる。
5. アティチュード(振る舞い・スタンス): 歴史あるペルゴラ劇場という「隔離された空間」に観客を招き入れ、独自の世界観へ深く没入させる演出は、シモーンならではのブランディングに通底する。大量消費されるファストなトレンドとは一線を画し、「繊細でパーソナルな物語」を大切にするブランドとしてのインディペンデントで真摯なスタンスを提示した。
セリーヌ(CELINE)
1. コンセプト(思想・メッセージ):アーティスティック・ディレクターのマイケル・ライダー(Michael Rider)が掲げた「世界が開く。たとえ小さくても、閉ざさない」というマニフェスト。際立ったのは、完成された衣服の形式をあえて解体し、個人の主観や自由を求めた服作りを提示した点にある。表面的な「美しさの提示」にとどまらず、服と共に生きた証や記憶を重んじる「本物のリアリティ」をラグジュアリーの舞台で堂々と肯定してみせた。






©Launchmetrics Spotlight
2. スタイル(型・構図): 鋭利でタイトな緊張感から解放された、計算された無造作さと身体の躍動。「良い時間を過ごしたシャツ」に刻まれた深いシワや、ビッグサイズニットにレギンスを合わせた身軽なレイヤードが光る。また、安易なリラックスウェアを訴求するのではなく、ウエストを極端に絞ったテーラリングやカマーバンド、身体にピタリと沿うトレンチコートを衝突させることで、気品をひけらかさない絶妙なエレガンスを構築してみせた。
3. キャラクター(作家性・手ぐせ): ライダーの真骨頂は、衣服に刻まれた記憶やダメージを「愛着のある装飾」として肯定し、完璧な装いの中に意図的なミスマッチを仕込む点にある。彼自身が愛用する肘に穴の開いたミリタリーシャツのように、破れや汗ジミさえも美しい記憶として捉える独自の感覚が特徴だ。「美しい服の下に人々が抱える、複雑で少し混乱した内面」と語る通り、今季は深いシワが刻まれたシャツ(彼が呼ぶところの“楽しい時間を過ごした記憶”)をあえてラグジュアリーとして提案した。そこに、安全ピンやプリミティブな木の球のネックレス、機内用ネックピローといったユーモアとDIY精神に溢れるギミックを、格式高いテーラリングへとパーソナルな温度感で見事に融合させている。
4. コンテクスト(歴史・文脈):セリーヌのメンズと言えば、エディ・スリマンが築き上げた「スリムで退廃的なロックスター」というシルエットが支配的だった。ライダーのメンズコレクションは、完成された「権威性」から、着る者の自由やカスタマイズを許容する「民主的なワードローブ」へと、セリーヌというブランドの方向性を大きく刷新してみせた点で非常に意義深い。
5. アティチュード(振る舞い・スタンス): ラグジュアリーブランドでありながら、「リーボック(Reebok)」のスニーカーやDIY的な安全ピンといったストリート・日常の要素をシームレスに混入させる振る舞い。権威的な近寄りがたさを脱ぎ捨て、より軽やかで風通しの良い「コミュニティに開かれたモダン・ラグジュアリー」へとメゾンのブランディングを刷新していく鮮やかなスタンスである。
ソウシオオツキ(SOSHIOTSUKI)
1. コンセプト(思想・メッセージ): 今季の出発点となったのは、デザイナー自身が経験したことのない「リゾートへの郷愁」と、厳格な父親が旅先で見せる「崩れ」。完璧を求める人間が非日常で見せる隙を、単なるだらしなさではなく「愛嬌と人間らしさ」として肯定し、それをダリの「記憶の固執」というテーマに重ね合わせて表現した知的なストーリーテリングは評価すべきポイントだ。






SOSHIOTSUKI
2. スタイル(型・構図): 独自の「ソフトテーラー」の概念と、水分を失ったかのような乾いた色彩。最大の評価ポイントは、襟の飛び出しやトランクスが覗くといった「着崩し」をスタイリングの力に頼るのではなく、湾曲したラペルや歪んだベルトなど服の構造そのものに組み込んだ点にある。着用者の「無意識の言い訳」までをもプロダクト内にあらかじめ設計するアプローチに、デザイナーの感性が光る。
3. キャラクター(作家性・手ぐせ):大月特有の「手ぐせ」は、昭和のバブルファッションといった、どこか泥臭く洗練とは言い難い日本の土着的な男性像を、高度なテーラリングで美しくハッキングしてしまう点にある。着物や伝統技術といった表層的な「和」ではなく、日本のリアルなファッション史の記憶を掘り起こし、独自のダンディズムへと昇華させる偏愛とユーモアこそが彼の真骨頂であり、今季も遺憾無く発揮された。
4. コンテクスト(歴史・文脈): 80年代以降、日本人デザイナーは「西洋カルチャーのカウンター」によってパリのファッション史に名を刻んできた。しかし同コレクションは、破壊するのではなく、日本の産地が誇る最高峰の生地と仕立て技術を極め、安易に日本的な柄やデザインを訴求するのではなく「日本人の哀愁」を落とし込んだ。日本人による、現代におけるパリでの戦い方を提示したコレクションであった。
5. アティチュード(振る舞い・スタンス): LVMHプライズ受賞を経て、ピッティやパリといった華やかな海外の表舞台に立ちながらも、決して浮き足立つことなく、ショーの後には自ら日本の産地へ足を運び、オリジナル生地の開発に没頭するというストイックな姿勢。徹底的な品質とテーラリングの追求をもって日本のインディペンデントブランドの真価を世界へ問いかける、誠実かつ力強いアティチュードがソウシオオツキにはある。一方、ブランドがグローバル規模で飛躍するための課題も明白だ。山崎潤祐率いるMATT.やグローバルセールス大手のTomorrowなど、外部には強力なチームが組成できている半面、ブランドの核を支える社内の人材が手薄な状態にある。ストイックなクリエイションをビジネスとしてさらにスケールさせるためにも、組織としての足腰をどう鍛え上げるかが今後の大きな鍵となる。
ラルフ ローレン パープル レーベル&ポロ ラルフ ローレン(Ralph Lauren Purple Label/Polo Ralph Lauren)
1. コンセプト(思想・メッセージ): 古き良きカレッジスタイルやスポーツマンシップを背景に、冒険の旅で見つけた名品たちや遥か異国の地の魅力を映画のような世界観で表現。最大の評価ポイントは、「クラシックでさえも、その境界は押し広げることができる」というラルフ・ローレンの揺るぎない信念のもと、既存の枠に安住せず、次世代のアメリカンプレッピーを力強く提示してみせた点にある。






Image by: Polo Ralph Lauren
Ralph Lauren Purple Label/Polo Ralph Lauren
2. スタイル(型・構図): パープルレーベルでは、ニュートラルカラーのシルク混スーツにヴィンテージのロデオバックルを合わせるウエスタンなスタイルや、レーシングの黄金期を思わせるアールデコ調のディテールを提案。一方のポロでは、スリーピーススーツでエレガンスを表現する傍ら、アウトドア用パフォーマンスギアと定番スタイルを掛け合わせるなど、対極にある要素を見事なバランスで調和させるスタイリングの妙が光る。
3. キャラクター(作家性・手ぐせ):ラルフ・ローレンという巨匠の永遠の「手ぐせ」は、対極にあるカルチャーを強引かつ優雅に同居させる「ハイ・ローのミックス」にある。最高級のスーツに泥臭いヴィンテージのバックルを合わせたり、王道のアメカジであるバーシティジャケットに手刺繍を施したりと、細部に至るまで徹底してロマンティックな物語を宿らせる服作りこそがラルフ・ローレンの作家性である。
4. コンテクスト(歴史・文脈): 長らく白人富裕層の特権的なスタイルであった「アメリカン・プレッピー」の歴史において、日本の東北地方の刺し子職人「サシコギャルズ」の手仕事を融合させたことは、ブランドの進化を示す象徴的な取り組みだ。アメリカの伝統が、国境を越えたローカルなクラフトマンシップを吸収し、プレッピーの概念をグローバルでインクルーシブなものへと押し広げた。
5. アティチュード(振る舞い・スタンス): 多様なブランドラインを束ねる巨大帝国としての、緻密かつ強かなポートフォリオ戦略が透けて見える。最高峰の「パープル レーベル」で希少なローカルクラフトを取り入れて富裕層に向けたエクスクルーシブを提示し、同時に「ポロ」では実用的なプレッピーとしてマス市場の憧れをけん引する。単なるアパレルの販売にとどまらず、豊かなライフスタイルそのものを強固なビジネスモデルとして世界へ輸出し続ける、アメトラの雄ならではのスタンスである。
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