
「ジュウジュウ」デザイナー ジュリアナ・レイラ・ラッジアーニ
Image by: FASHIONSNAP

「ジュウジュウ」デザイナー ジュリアナ・レイラ・ラッジアーニ
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京都の静かなアトリエで、米国出身のデザイナー、ジュリアナ・レイラ・ラッジアーニ(Giuliana Leila Raggiani)はニットと向き合っている。ロサンゼルスとパリを拠点に活動してきた彼女は、2025年に制作拠点を日本に移し、現在は京都で創作を続けている。「私はファッションが嫌いだった」。そう語る彼女は、学生時代までブランドや体型、性別といった枠組みに縛られるファッションを、表面的で不自由な世界だと感じていたという。そんな違和感から始まった服作りは、自由度の高いニットという素材との出会いを経て、「服は人を解放するもの」という考えへとたどり着いた。
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同氏が2013年に立ち上げたニットウェアブランド「ジュウジュウ(GIU GIU)」は、設立13年目を迎え、日本ではユナイテッドアローズや三越伊勢丹、ビームス(BEAMS)などで取り扱われるまでに成長した。一方で、デザイナー本人やブランドの思想については、いまだ多くがヴェールに包まれている。ブランド消滅の危機、日本への移住、そして日本の天然染料との出会いを経た今、ジュウジュウが目指すものとは何か。心地よい音楽が流れるアトリエで話を聞いた。

2026年秋冬コレクション
Image by: GIU GIU(BUKI KOBAYASHI)

2026年秋冬コレクション
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目次
「ファッション嫌い」だった少女が、デザイナーになるまで
⎯⎯まずはジュリアナさんのバックグラウンドについて教えてください。幼い頃からファッションデザイナーを目指されていましたか?
いいえ全くそんなことはなくて。今デザイナーを職業としている私が言うと説得力がないかもしれませんが、もともとファッションに長いこと嫌悪感を抱いていたんです。
なぜなら、幼い頃からファッションを“正確”に楽しむためには、目に見えない審査に合格しなければならないように感じていたからで。「このブランドを着るなら、こういう見た目でなければならない」「ファッションの世界に入るなら、こういう人物でなければならない」。そんな明文化されていない制約をクリアしなければ、ファッションを楽しむ資格がないのではないかと感じていました。そうした基準を気にしながら服を選ぶことに、私はどこか馬鹿げたものを感じていましたし、誰かが作ったイメージやルールを通して見るファッションはとても表面的で、言ってしまえば薄気味悪く、偽物のように感じていたんです。なぜそのように考えるようになったのかは正直自分でもよく分かりませんが、私が生まれ育ったボストンはとても保守的な街だったので、そうした環境が少なからず影響していたのかもしれません。
⎯⎯後ろ向きな感情を抱いていたファッションに興味を持ったのはなぜですか?
実は、ファッションを毛嫌いしていたものの幼い頃から身近な存在ではありました。祖母はボストンでブティックを経営していて、イタリアから高級衣料を輸入販売するのと並行して、ニットのタートルネックも製作していたんです。私はそのニットに囲まれて育ちましたが、当時はまったく興味がなかったんです。
代わりに、その頃の私にとって一番大切だったのはダンスでした。幼い頃からバレエに打ち込み、その後はモダンダンスへ進み、将来はダンサーになるつもりでした。しかし高校生の頃、やむを得ない事情から大好きだったダンスを続けることができなってしまって。自分を表現する場を失ったことで、新たな表現の可能性を求めて美術を学び始めたんです。そこから美術を通して、ファッションもまた身体や空間を使って表現するアートの一つだと捉えるようになりました。以前は、自分とは無縁で窮屈な世界だと思っていたファッションを、初めて創造的な表現として見るようになり、自然と興味を持つようになったのもこの頃からです。

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ジュリアナの愛犬YokoもGIU GIUのニットを着用
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⎯⎯高校卒業後は、パーソンズ美術学校(Parsons School of Design、以下パーソンズ)のファッションデザイン学士課程に進学されています。
はい。でも、入学した当時はファッションを学ぶつもりはまったくありませんでした。もともとイラストレーターや画家、写真家に興味があったので、その道につながることを学びたいと思っていたんです。パーソンズには、入学後すぐに専攻を決めるのではなく、1年目にさまざまな芸術分野を横断的に学びながら、自分に合った表現を探す「ファーストイヤー」というカリキュラムがあります。私もその制度の中で、絵画や立体作品などさまざまな表現を学びながら、自分の進む道を模索していました。
転機になったのは、3Dデザインの授業の最終課題です。「AからBへ変化するオブジェクト」を作るという課題で、私は花柄のオーバーオール風ドレスを裏返すと、デニムのバックパックになるデザインを思いつきました。そのアイデアを形にするために、裁縫も型紙作りも全部一から見様見真似で覚えたんです。なんとか作り上げた課題を提出すると、教授が「あなたはファッション専攻に行くべきよ」と言ってくれて。私は「絶対に嫌です。ファッションはやりません」と即答したのですが(笑)。それでも教授は、「一度だけ試してみて。きっとあなたには自然なことだから」と勧めてくれたので、そんなに言うならと2年目からファッション専攻に進んでみたら、本当に楽しくて。気が付けば、ずっと苦手だと思っていたファッションが自分にとって一番自然に表現できるものになっていました。あの課題と教授の一言がなければ、今の私はいなかったと思います。

パーソンズ時代のデザイン画
Image by: GIU GIU
⎯⎯3年目にはセントラル・セント・マーチンズ(Central Saint Martins、以下セントマ)へ1年間留学されたそうですね。
パーソンズで学ぶうちに、服そのものを作ること以上にコレクションのコンセプトを考えたり、スケッチを描いたり、生地や色を組み合わせたりして一つの世界観を構築していくプロセスに惹かれるようになっていって。同時に、メンズやウィメンズの型に縛られないより自由なユニセックスウェアを作りたいという思いも強くなっていったんです。ところが、パーソンズでは3年目になるとメンズかウィメンズかどちらかを専攻として選ばなければならなくて。学校に「両方を横断する服を作りたい」と相談したのですが、返ってきたのは「ルールだから無理」という答えだけ。その答えに納得できず、もっと自由に学べる環境を求めて、風の噂でよりオープンマインドなデザインを教えてくれていると聞いたセントマへの1年間の交換留学を決めました。周囲には卒業が遅れるかもしれないと反対されましたが、自分の欲しいものを手に入れるには、一度反逆者にならなければならない。今考えると大袈裟ですが、そんな気持ちで願書を出しました。
⎯⎯セントマでの留学生活はいかがでしたか?
壮絶の一言に尽きます。というのも、自由なものづくりを求めて飛び込んだセントマでも、結局「メンズかウィメンズか」を選ばなければならず、両方を学ぶためには全く知識のないニットウェアを専攻するしかなかったからです。当時は編み物なんて、人生でマフラーを1本編んだくらいの経験しかありませんでした。それでも「それしか道がないならやってみよう」と飛び込んでみて、もうそこからは必死でした。クラスメイトはみんな編み機を使いこなせる中、私は1ヶ月でセーターを編まなければならず、毎晩午前3時まで機械と格闘して、毎日のように泣いていました。
それでも学び続けるうちに、ニットはゼロからイチを生み出すことができるものだと気付いたんです。どの繊維を選ぶのか、どのように縮ませるのか、どんな質感にするのか。素材を作る段階からデザインが始まっていて、その先に初めて服の形が生まれる。すでにある生地を裁断して形にするのとは違い、ニットは自分自身でファブリックを生み出し、そこからデザインを構築していくそのプロセスに、ほかのファッション表現にはない大きな創造性を感じるようになりました。
⎯⎯留学を経てパーソンズに戻ってきての卒業制作コレクションは子ども服部門で発表されています。なぜでしょう?
当時のパーソンズの枠組みの中では、私の表現を当てはめるカテゴリーがなかったからです。ニューヨークに戻って卒業コレクションを制作する際、私はセントマで学んだニットウェアを軸に、性別に限定されないユニセックスのコレクションを作りたいと考えていました。しかし、留学前と変わらず、ユニセックスウェアを発表することは難しいと言われてしまって。さらに、「デザインに遊び心がありすぎる」「色が鮮やかすぎる」とも指摘されたんです。
2012年当時のニューヨークでは、黒を基調としたミニマルなスタイルが主流でした。一方で、私はセントマで学んだニットウェアを発展させ、異なる種類の糸を組み合わせたり、コラージュのように色や質感を重ねたりしながら、ボリュームのある表現をしていました。そのため、当時のファッションの価値観から見ると、少し異なる方向性として受け取られたのだと思います。そこで「子ども服部門で発表するのが良いのではないか」と提案され、結果的にそのカテゴリーで発表することになりました。嬉しいことにこのコレクションは高く評価され、子ども服部門で「デザイナー・オブ・ザ・イヤー」を受賞することができました。

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⎯⎯大学での学びを経て、幼い頃に抱いていたファッションへのイメージは変わりましたか?
もちろん変わりました。今振り返ると、当時私が違和感を抱いていたのは、ファッションそのものではなく、ファッションに対して社会が持っているステレオタイプだったのだと思います。
人は物事に安易にラベルを貼りたがります。例えば、私は幼い頃からバレエをしていましたが、学校では「バレエはスポーツではないから、運動が苦手なんだ」と言われることがありました。でも実際には、バレエには高い身体能力、身体のコントロール、そして何年も積み重ねる訓練が必要です。外から見ると「ただ優雅に動いているだけ」に見えるかもしれませんが、簡単に見せるためには、見えない努力がある。ファッションもそれと同じです。以前は私自身も、ファッションをどこか表面的なものとして見ていた部分がありました。でも、学校で学ぶ中で、1着の服を生み出すためには、素材への深い理解、技術、歴史や文化への考察、そして社会に対する批評的な視点が必要だと知りました。外から見える華やかさの裏側には、想像以上に複雑な知性とプロセスが存在している。そのことに気づいたのは大きな変化でした。だから今は、ファッションを単なる装飾や表面的なものだとは全く思いません。むしろ、既存の価値観に疑問を投げかけたり、新しいものの見方を提示したりする力を持っている、とても知的なものだと考えています。
ブランド崩壊で日本へ 逆境の中で見つけた新たな創造の場
⎯⎯卒業後は「アレキサンダーワン(alexanderwang)」や「アンソポロジー(Anthropologie)」で勤務。そこでの経験は、どのような影響を与えていますか?
正直に言うと、他のデザイナー、特に大きなブランドのもとで働くことは、私にとってあまり刺激的な経験ではなかったんです。むしろ、ファッション業界の暗い部分を知るきっかけになりました。
私は自由に創造することを必要としている人間なので、大きな組織の中で働くことはとても制限が多く感じられました。実際に、精神的にも感情的にも健全とは言えない環境や、アイデアが正当に評価されない状況も目にしました。また、企業の中では本当の意味でのデザインが行われていないと感じる場面もありました。例えば「畦編みで」と指示を出しながら、そもそもその編み方や構造を理解していないようなこともある。そうした経験を通して、服作りには素材や技術への深い理解が不可欠なのだと改めて気づきました。もちろん、大手ブランドから学んだことはたくさんありますし、今ではとても貴重な経験だったと思っています。でも同時に、「これは自分がやりたいことではない」とはっきり分かりました。自分が信じる方法でファッションを作りたい。そして、あわよくばファッション業界を変えていきたいと思うようになったんです。
⎯⎯ファッション業界への違和感を糧に、2013年にニューヨークを拠点に「ジュウジュウ」をスタート。
最初のコレクションは、編み機で制作した4型のユニセックスのオーバーサイズニットでした。資金もなく、ブランド運営についての知識もほとんどありませんでしたが、ラインシートを自分が好きなニューヨークのショップに送ったところ幸運にも5店舗が買い付けてくれたので、ブランドを続けることができました。
⎯⎯ブランド立ち上げ当初から、ユニセックスニットウェアをコンセプトに掲げています。ジュウジュウが目指すユニセックスウェアとはどのようなものですか?
私が作りたいのは、単純に男性用、女性用というカテゴリーをなくした服ではありません。服のために人が自分を合わせるのではなく、一人ひとりの身体や個性に自然になじむ服を作りたいと思っています。例えば、同じアイテムでも、着る人によってシルエットや表情が変わるような服。そして身体の大きさや年齢、性別によって着方が制限されるのではなく、その人自身のスタイルとして成立する服。それが私にとってのユニセックスウェアです。

Image by: GIU GIU
ブランドを始めた2013年当時は、まだ「ユニセックス」という考え方自体が現在ほど広まっていませんでした。そのため、ジュウジュウの服も「女性服」と見られることが多くありました。特にニットは、柔らかく身体に寄り添う素材だからこそ、女性的なものとして捉えられがちです。でも私は、その柔軟性こそがニットの本質的な魅力だと信じています。体型の違いやサイズの変化を大らかに受け止めるニットは、性別という枠組みを軽やかに超えていく、非常に自由な素材だからです。時間はかかりましたが、少しずつその考え方を理解してくれる人が増え、今では性別に関係なくジュウジュウの服を選んでくれる人が増えてきたことを嬉しく思っています。
少し話が逸れますが、私は日本の「フリーサイズ」という考え方が大好きなんです。英語では「One size fits all(誰にでも合うワンサイズ)」と言いますが、「ワンサイズ」ではなく、「フリー」という言葉を選ぶところに、日本らしい感性を感じます。まるで「誰でも自由に着られる」というニュアンスが込められているように思えて。もちろん本来はそういう意味ではないと分かっていますが、その響きにはどこか包容力があって、とても美しい表現だと思います。
⎯⎯興味深い視点ですね。ジュウジュウのコレクションは、どのようなプロセスで生み出されていますか?
コレクションを考えるときは、まず一つの「色」がすべての始まりになります。旅先で偶然目にした景色だったり、ふと心に残った色だったり。そうして見つけた一つの色を起点にカラーパレットを組み立て、そこからコレクション全体のコンセプトを形にしていきます。
シルエットは、ダンサーだった頃の経験から生まれることが多いです。幼い頃お気に入りだったレオタードや身体を自由に動かす感覚は、今でも私の服づくりの原点です。着る人の動きを妨げず、身体に心地よく寄り添い、自然と前向きなエネルギーが湧いてくるような服を作りたい。そうした思いが一貫したテーマになっています。

Image by: GIU GIU
⎯⎯2025年から京都を拠点にされています。
これはサバイバルのための決断でした。ブランドをスタートして10年目を迎えた2023年以降、GIU GIUは大きな困難に直面しました。日本を除くすべての取引先が買い付けを停止し、アメリカではチームが離れ、スタジオも閉鎖。在庫を母のもとへ移すなど、ブランドは一度崩壊したと言っても過言ではない状況でした。さらにその時期は、個人的にも困難が重なりました。ハイキング中に足首を骨折し、夏の間はギプスで過ごすことに。そして2025年のある朝、ウェブサイトがハッキングされ、銀行口座から全ての資金が失われていることに気づきました。文字通り何も残らない状況で、これからどうすればいいのか途方に暮れました。
私の手元に残っていた唯一のお金は、日本の銀行口座を開設できずに保管していた日本円だけだったのですが、ここで奇跡的な出来事が起こりました。3年以上にわたる長く困難な手続きの末、天然染料に関する研究と学習が評価され、ついに日本で天然染料を研究するための文化ビザが承認されたんです。すべての出来事が「日本に留まるべきだ」と示しているように感じました。だから私は今も日本にいます。
⎯⎯ハッキング事件は解決したのでしょうか?
いいえ。1年経った今でも、ハッキング被害による損失や失われたウェブサイトは取り戻せていません。正直、これからどう進んでいくべきか悩む瞬間もあります。でも、私にできることは、これまでと変わらずものづくりを続けることだけ。だからこそ、これからは同じ価値観を共有し、ジュウジュウの未来を一緒に作ってくれる人たちとの出会いを大切にしていきたいと思っています。新しい形でブランドを育てていくための、協力者や仲間を探しているところです。
⎯⎯アメリカと日本では環境が大きく異なります。日本の文化はデザインにどのような影響を与えていますか?
実は、ブランドを立ち上げた初期からずっと、日本は私のデザインにとって大きなインスピレーション源でした。ありふれたものや、人々が「美しくない」と見過ごしてしまうようなものの中に美しさを見出す、日本独自の感性に惹かれています。
私は、物事が少し混沌としていて、生々しく、ありのままの姿を見せている場所が好きなんです。すべてが完璧に整えられた空間よりも、古びた壁や風化した建物のように、時間の積み重ねによって生まれる自然な美しさに魅力を感じて。京都を拠点に選んだのも、そうした美意識と深く結びついています。京都には、長い歴史の中で受け継がれてきた手仕事や伝統がある一方で、古いものがそのまま残る荒々しさや不完全さもあります。完璧に保存された美しさだけではなく、時間の経過によって変化していくものの魅力が共存している。その環境が、自分のものづくりの姿勢ととても近いと感じました。特に、アトリエ兼アポイントメント制の店舗を構えているエリアでは、そうした時間の流れや自然の美しさを日常的に感じることができます。都会の刺激から離れ、静かな環境の中で過ごす時間が、現在の創作にも大きな影響を与えているんです。

アトリエ外観
Image by: FASHIONSNAP

ショップ店内
Image by: FASHIONSNAP
⎯⎯日本に来るきっかけとなった藍染め会社とのコラボレーションについて教えてください。
日本における “3つのパワープラント” のひとつ、藍染の技術を用いたアイテムを定期的に制作しています。現在ブランドの13年分のアーカイブを藍染めで染め直すプロジェクトを進めており、その成果は8月7日から16日まで「オサジ(OSAJI)」のグローバルコンセプトストア「お匙 京都」で展示する予定です。
天然染料の美しさは、完成した瞬間ではなく、時間とともに変化していくところにあります。例えば、昨年10月に染めた作品が、今ではまったく異なる表情を見せている。その変化を見ると、まるで友人と一緒に年月を重ねているようで、とても美しいと感じます。素材探しは私のライフワークでもあるんです。以前は、リサイクルされたペットボトルから作られた防水性の繊維を使って水着のコレクションを制作したこともあります。素材にはそれぞれ異なる可能性があり、さまざまな素材を試しながら、新しい表現を見つけていくことが宝探しのようでとても楽しいんです。
⎯⎯大量生産・大量消費の時代において、ジュウジュウは長く楽しめることを大切にされているのですね。
その通りです。ニットウェアの魅力の一つは、長く着続けられることだと思うんです。祖母が亡くなる少し前、母から1960年代に祖母が作ったオリジナルのタートルネックを譲り受けました。何十年も前のものとは思えないほど完璧な状態で。より良いものに投資し、質の高いニットを手に入れることは、結果的により持続可能な選択につながるんです。ファストファッションの服は安価で手に入りやすい一方、短期間で消費され、大量の廃棄物を生み出してしまう。そんなサイクルの中でファッションを楽しむよりも、自分よりも年上のセーターを受け継ぎ、着続ける方がクールだと思いませんか?
⎯⎯そのタートルネックが、ブランドのシグネチャーアイテム「Nonna Turtleneck」の原点になっている。
そうです。祖母が1960年代に作ったオリジナルのタートルネックを現代の感覚に合わせて再解釈したものが、ブランドのシグネチャーアイテム「Nonna Turtleneck」です。何十年も受け継がれてきた一着に新たな命を吹き込み、もう一度世に送り出したいと思ったことが誕生のきっかけでした。結果として、このアイテムを通じて多くの人にジュウジュウを知ってもらうことができ、とても嬉しく思っています。

Image by: GIU GIU

Image by: GIU GIU
すべてを失った先に見つけた光 ジュウジュウが描く再生の物語
⎯⎯2026年秋冬コレクション「BLACK OUT」について教えてください。
このコレクションは、ブランドにとって未曾有の不運に見舞われた2025年という、ジュウジュウのある種の「死」からインスピレーションを得ています。すべてが燃え落ちたかのような状況で、視界が完全に失われたとき、自分はどこへ向かうのかを考えながら製作しました。このコレクションは、暗闇の中で見つけた神秘的な光と再生の物語なんです。

2026年秋冬コレクション
Image by: GIU GIU(BUKI KOBAYASHI)

2026年秋冬コレクション
Image by: GIU GIU(BUKI KOBAYASHI)
⎯⎯カラフルなアイテムの印象が強いブランドとしては珍しい、控えめなカラーパレットです。
絶望の中で私が見つめたのは、宇宙でした。そこでカラーパレットは、暗い宇宙空間を表現する「ONXY」と「ASHES」をベースに、銀河を思わせる「STARSEED」や、蝶の再生エネルギーに着想を得たラベンダー色「PAPILLON」などをアクセントとして取り入れています。
⎯⎯特に思い入れのあるアイテムはありますか?
「NONNNA BRA STARLIGHT」と「NONNNA BRIEF STARLIGHT」です。人生がすべてゼロになってしまったような時期に瞑想をしていたとき、ふと「My heart is luminous and twinkles with starlight(私の心は星の光のように輝いている)」という言葉が浮かんだんです。この言葉に救われたような気持ちになって。この体験に着想したアイテムに「STARLIGHT」という名前を付けました。宇宙に漂っていたいと思うほど落ち込んでいた時期に生まれたからこそ、このアイテムには特別な思い入れがあります。

NONNNA BRA STARLIGHT
Image by: GIU GIU(BUKI KOBAYASHI)

NONNNA BRIEF STARLIGHT
Image by: GIU GIU(BUKI KOBAYASHI)
⎯⎯今後のコレクション制作予定を教えてください。
先日伊豆諸島の式根島を訪れたのですが、人が少なく、犬も自由に過ごせるとても穏やかで特別な場所でした。その体験が、次のコレクションのインスピレーションになっています。「Miracle Island(奇跡の島)」のような感覚を、服を通して表現していきたいです。
今後は、日本の職人との協業もさらに広げていきたいと思っています。日本に来てから、土地ごとに受け継がれてきた技術や、職人が一つひとつ手をかけてものを生み出す姿勢に強く感銘を受けました。例えば、奈良ではタイツや足袋ソックス、京都ではラメ糸やインディゴ染めなど、それぞれの地域に根付いた専門技術とともにものづくりを行っていますよね。効率や均一性を追求するのではなく、素材や職人の技術が生み出す個性、そして時間とともに育っていく変化を大切にしたものづくりを、これからも続けていきたいです。
⎯⎯最後に、ブランドの展望を教えてください。
ブランドを大きくしていくことよりも、より長く続いていくものにしていきたいです。そのために、毎シーズン新聞を制作したり、手作りの香水を作ったり、アートブックを出版したりと、服だけではなくジュウジュウという世界そのものを少しずつ育てているところです。今は、「ロバートピー・ミラー(Robert P. Miller))」とのコラボレーションをはじめ、いくつもの新しいプロジェクトを準備中です。
実はこれまで、あまり自分自身が前に出る形でインタビューを受けてきませんでした。私は、ブランドの名前やデザイナーである私自身よりも、着る人が服を通して自分自身を表現できることを大切にしているからです。でも、ハッキング事件を経て、ジュウジュウがどのような思いから生まれ、何を大切にしているのかを、自分の言葉で伝えることも必要だと感じるようになって。ジュウジュウは、誰か一人のために完成されたものではなく、着る人それぞれが自由に解釈できる「白いキャンバス」のような存在であってほしい。だからこそ、私自身の存在ではなく、服そのものに興味を持ち愛着を持ってもらえたらそれが一番うれしいです。
photography: Riku Hashimoto
最終更新日:
◾️GIU GIU × WUY Life Cycle Archive Sale
会期:2026年8月7日(金)〜2026年8月16日(日)
時間:10:00〜18:00
会場:お匙 京都
所在地:京都府京都市中京区堺町通二条上る亀屋町172
定休日:月曜日(祝日の場合は翌平日)
入場料:無料
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