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さよなら上海、サヨナラCOLOR|コラム連載 - ニイハオ、ザイチェン vol.17

上海滞在生活の日々を綴るコラム連載「ニイハオ、ザイチェン」。東コレデザイナー、海外での企画生産を経てアパレルメーカーのアジア展開を担当する佐藤秀昭氏の視点から中国でいま起こっていることを週1回更新でお届けする。最終回となる第17回は、「衣」「食」「住」「ヒト」「コト」の5つの軸から上海での9ヶ月を振り返る。

(文・佐藤秀昭)

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 ひとりでドアをしめて、ひとりで名前を消して、スーツケースを両手で転がしながらサービスアパートメントを出る。

 ロックダウン最中での帰国の場合は、いつかのトム・ハンクスのように空港に泊まらなくてはいけないケースもあったそうだ。現在は病院や空港への移動はもちろん、住居の出入りにも制限がなくなったが、そう、ここは中国。何が起きるか分からないので、離陸の4時間前に空港に向かうタクシーに乗った。

 空港へ続く灰色のハイウェイは赤、黄色、緑の車が留まることなくまっすぐ進む。煉瓦色の街並を出来るだけ目に焼き付けようと思っていたが、気がついたら眠りに落ちており、ドライバーから到着を知らされた。

 僕が搭乗する日本への便は機内消毒のために豪快に遅延していた。退屈しのぎに空港の端から端までを歩いたものの、免税店や飲食店はほぼ閉店しており、唯一開いていた喫茶店で買った黄金色の青島ビールをロビーで飲みながら、ハナレグミと忌野清志郎の「サヨナラCOLOR」の再生ボタンを押し、上海でのこの9ヶ月を振り返った。

ハナレグミ「サヨナラCOLOR feat. 忌野清志郎」

・コロナ禍で発展した国潮(グオチャオ)ブランドの品質・コスト・デザインのバランスは高水準で、コストパフォーマンス(性价比:シンジャービー)がとても高かった。特にメンズブランドは知的で洗練されており、「nice rice」「DAN NONG(単農)」などには袖を通したい商品がたくさんあり、盛大に散財しかけた。

※国潮(グオチャオ):中国のドメスティックブランドを着用、または着こなしに中国のエッセンスを取り入れた、中国Z世代を中心にしたトレンド。

nice rice

・ニッポンのブランドの品質が良いことは誰しもが知っているが、それだけでは強みにならないほど中国のブランドが成長していた。そして、お隣の韓国ブランドは日本同様、中国のZ世代にも人気があり、その中でもデザイン性やトレンド性に特化した「チュー(Chuu)」はその存在感を新興の商業施設とSNSで放っており、日本人として危機感を感じた。

・街を歩けば、大きくはないものの国潮を扱う高感度なセレクトショップが多く見られた。ユーズド、ヴィンテージ、アウトドア、サステナブルなど2年前はあまり見られなかった新しいトレンドも見受けられ、上海のファッションの成熟度を感じた。

・日本食の価格帯は日本とほぼ同価格かそれ以上であるが、特に寿司とラーメンは上海でも受け入れられ、「はま寿司」と「大勝軒」は、火鍋や白酒で荒れ果てた僕の胃をおふくろのように和らげるオアシスだった。

・若者は伝統的な中国茶よりもコーヒーやミルクティーを好み、上海のコーヒーショップの店舗数は東京やロンドン、ニューヨークを抜いて世界一となった。また「フラグメント(fragment design)」ともコラボレーションをしている「HEYTEA(喜茶)」も若い女性から特に人気があり、社員にご馳走をするとその日はヒーローになれた。

・安藤忠雄氏や丹下健三氏、隈研吾氏、ザハ・ハディッド氏、トーマス・ヘザーウィック氏など世界的な建築家が手掛ける建築物、また歴史的建造物のリノベーションも多く見られ、生活感に溢れた雑踏とのコントラストに街を歩けばいつも胸が高まった。

・大型のアウトレットモールではコロナ禍で海外に行けない分、ラグジュアリーブランドの店先に長蛇の列がいつもできていた。夏休みの前の小学生のように大量のショッピングバッグを両手にぶら下げた中国人の消費力には驚かされた。

郊外の開発エリアを中心に大型の商業施設が雨後の筍のように続々とオープンし、中でも飲食フロアは多くの人で賑わっていた。焼きそばパンやコロッケパン、たこ焼きなど、日本のB級グルメも出店し人気を博しており、「茶色いものは美味い。歩きながら食べればカロリーゼロ」と冗談で中国人に話したが、その目は全く笑っていなかった。

ヒト

・Z世代の多くは子どもの頃に自国のGDPが日本を超えてアメリカに次いで世界2位となったため、日本へのこだわりはなく、中国に対しての強い自信を感じた。また小学校から英語教育が義務化されており、ほとんどの若者が英語をネイティブのように流暢に話すことにも驚かされた。

※Z世代:中国では一般的に「Windows95」が登場した1995年から2009年生まれの若者のことを指す。

・日本のファッションが好きなターゲットは日本に比べて年齢層が高いケースが多く、また年齢によるカテゴライズが日本ほど明確ではないため、逆にファッションの自由度を感じた。そして、シルバー世代では60歳のインフルエンサーである马姐(マージェ)さんのようなファッションアイコンの存在にも高齢化社会におけるファッションの可能性を感じた。

马姐(マージェ)さん

コト

チームラボ(teamlab)は上海でも人気があり、常設の美術館に加えて地下鉄の構内やモールのエントランスなど様々な場所で目にすることができた。また、村上隆や奈良美智、塩田千春など日本で著名なアーティストの認知度も高かった。美術館ではカッティングエッジな人々が多く見られ、とても刺激的だった。

日本のアニメや漫画は、90後(ジョウリンホウ:90年代以降生まれ世代)」を中心に人気が高く、日中のブランドともに多くのコラボレーションが見られた。特に「ニコアンド(niko and ...)」がコラボしていた「ジョジョの奇妙な冒険」の認知度は高く、「無駄無駄無駄ーーーっ!!」「おれは人間をやめるぞ!ジョジョーー!」などは、日本文化に興味がある中国人に通じたため公私ともに多用した。

 ドッグイヤーと呼ばれるほどに成長と変化が早い上海。2ヶ月に及ぶロックダウンの影響で一時停止を余儀なくされたが、これから先、その反動もあり数倍速で大きな変化を遂げ、半年後にはきっと僕が知らない街になると思う。それが早送りなのか、巻き戻しなのかは分からないが、そんな未来を思い浮かべる。

 チケットに書かれた搭乗時間が1時間半を過ぎたころ、ようやく機内搭乗開始のアナウンスが流れた。少しすすけた白のボーディング・ブリッジをくぐりながら、上海という街とこの街で出会った人々に最後に「再见(ザイチェン)」とつぶやいた。

◇ ◇ ◇

 9ヶ月ぶりの日本。
 海を渡った荷物を受け取り、リムジンバスのチケットを購入する。空港での手続きはとてもシンプルで、さらに日本での隔離もなくなっていたことはとても幸運だった。成田空港を出た瞬間、空気の清潔さと透明色に驚かされ、そして遠くに映る街のネオンカラー、行き交う人波、全ての色と色が眩しくて目が眩んだ。もう琥珀色の空にはそこにはなく小さな星が綺麗に見えた。不思議なものでどこか遠い国に来たような感覚を覚えた。

 そして、9ヶ月ぶりの我が家。
 玄関のベルを鳴らし、ドアをノックする。妻が迎えてくれ、ドアが開くとキッチンからいい匂いがする。そして、僕のことを絶対に忘れていると思っていた愛猫のルネが足にすり寄ってきたとき、日本に帰ってきたんだと初めて思った。

ルネ
ルネ

■あとがき

 4ヶ月半に渡り、琥珀色の街から海を越えて綴ってきた中国と上海にまつわるエトセトラを読んでくださった全ての皆様、FASHIONSNAPの皆様に心からの感謝を。

 また逢う日まで、逢えるときまで。
 再见。

佐藤秀昭

佐藤 秀昭(Hideaki Sato)

群馬県桐生市出身。早稲田大学第一文学部卒業。在学中に、友人とブランド「トウキョウリッパー(TOKYO RIPPER)」を設立し、卒業と同年に東京コレクションにデビュー。ブランド休止後、下町のOEMメーカー、雇われ社長、繊維商社のM&A部門を経て、現在はレディースアパレルメーカーの海外事業本部に勤務。主に中国、アジアでの自社ブランド展開に従事。家族と猫を日本に残し、2021年9月からしばらくの間、上海長期出張中。

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