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【2023年ベストバイ】繊研新聞 小笠原拓郎が今年買って良かったモノ

Video by: FASHIONSNAP

 今年のお買い物を振り返る「2023年ベストバイ」。19人目は本企画の常連で、11年連続の出演となった繊研新聞社 編集委員の小笠原拓郎さん。昨年は海外出張時にロストバゲージに遭い、一軍アイテムが行方不明になってしまいましたが、心機一転今年は何を購入されたのでしょうか。日本を代表するファッションジャーナリストである小笠原さんが今年買って良かったモノとは?

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KIDILL直営店で買ったグラフィックTシャツ

グラフィックTシャツ

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FASHIONSNAP(以下、F):本企画皆勤賞である小笠原さんは今年で11年連続の出演となります。そんな小笠原さんがまずベストバイに選んだのは「キディル(KIDILL)」と「サイコワークス(PSYCHOWORKS)」のグラフィックTシャツです。

小笠原拓郎(以下、小笠原:全部で5点ですね。6月の出張に行く前にTシャツがないなとなり、ちょうど渋谷にいたからキディルの直営店に行ってまとめ買いしました。サイコワークスはキディルのグラフィックをやっているアーティストで。Tシャツ1枚でもインパクトがあった方がいいなと思い、購入を決めました。グラフィックはハンドペイントで描かれたものだそうです。

Image by FASHIONSNAP

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F:どういうアイテムと合わせていましたか?

小笠原:短パンとチノパンがメインで、何年か前にこの企画で出した「ジュンヤ ワタナベ マン(JUNYA WATANABE MAN)」のリネンデニムとも合わせていました。そう言えば、ベストバイに出た後にCOMME des GARÇONS 青山店に「あのデニムありますか」ってお客さんが何人か来たらしいです。

F:売上に貢献し、渡辺淳弥さんも喜んでくれていそうですね(笑)。

小笠原:どうなんですかね(笑)。このTシャツたちはインパクトはあるけど、合わせやすいんですよ。ただこれを着て娘と夏祭りに行ったら、娘のお友達に「アンちゃんのパパのTシャツ怖い...」と言われてしまいましたが(笑)。

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F:小学生には刺激が強いかもしれませんね(笑)。グラフィックTシャツは、毎シーズン買われているんですか?

小笠原:そうですね。仕事柄、ヨーロッパへの出張が多いので、その際に新しいものを買おうとなりますね。2023年春夏シーズンは「ヨシオクボ(yoshiokubo)」の「SHIRANGANA」って書いてあるTシャツも買いました。

F:昨年はパリコレ出張でロストバゲージしていまい、「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」の3ピースなど総額数百万円の服や靴が行方不明になっていましたが、結局見つかったんですか?

小笠原:戻ってくることはありませんでした。保険金を支払ってもらい決着をつけた形です。保険会社は損保ジャパンだったんですが、ビッグモーター事件があったから細かい審査があるのかと思ったら、あっという間に満額の50万円をポンと振り込んでくれましたね(笑)。

F:(笑)。でも50万円じゃ全然足りないですよね。

小笠原:それと旅行中の保険で10万円、プラス航空会社から25万円くらい貰えたので、結果85万円くらいになりました。まあそれでも一軍の服たちが入っていたわけですから、全然足りませんけど。2021-22年秋冬シーズンのキディルと「ディッキーズ(Dickies)」のコラボレーションコートも入っていたんですけど、このエピソードを聞いたHIROさん(キディル末安弘明)が1点残っているからと今年の秋にプレゼントしてくれて。

キディルとディッキーズのコラボレーションコート

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F:HIROさん優しいですね(笑)。今年キディルはパリでのプレゼンテーションで話題をさらっていましたね。

小笠原:今のユースカルチャーを牽引するブランドとして、支持が集まっているのは感じますよね。プレゼンだから入口のセキュリティが厳格じゃないということもあって、招待枠じゃないであろうスケーターなどの若い人たちがたくさん来場していました。そういうはちゃめちゃな感じも面白かったですね。

 あとHIROさんはロンドンに住んでいたから、いろんなカルチャーを背景に、自分のフィルターを通して表現できている東京らしいブランドだなと思います。怖いモチーフもあれば、ゴシックっぽいとこもあるし、パンクみたいなものも、スケーター要素もある。そんないろんなカルチャーが混ざっているところは、とても東京的だと思います。

FACETASM×Dickies チノパン

チノパン

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F:「ファセッタズム(FACETASM)」とディッキーズのコラボチノパン。小笠原さんはディッキーズ好きなんですね(笑)。

小笠原:そう、なんかディッキーズばかり買っています(笑)。シルエットはかなりワイドな真っ直ぐストレート。ベルトはトレンチコートのベルトみたいな太さで。私は裾を折り返して穿いています。

チノパンを触る男性

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F:ファセッタズムは定期的に買われているんですか?

小笠原:ちょくちょく買ってはいますが、久しぶりかもしれないですね。これは日本で行われた展示会に行って、落合さん(ファセッタズム落合宏理)にディッキーズコラボで、わたり幅もベルトも極太のパンツを作ったんですと説明を受け、「すごいなこれ、買おうかな」と伝えたら「そう言うと思いました」と言われました(笑)。

F:まんまとやられたわけですね(笑)。ベルトは垂らして穿いていますか?

小笠原:そうですね。先ほど紹介したキディルのお店で買ったTシャツとも合わせています。

チノパンを触る男性

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F:落合さんと言えば、ファセッタズムとしてパリでショーも継続しつつ、この間ファミリーマートの「コンビニエンス ウェア(Convenience Wear)」でファッションショーを開催しました。

小笠原:ファセッタズムが出てきた時、自分らとは違うジェネレーションのデザイナーが出てきたなと思ったんですよ。当時の東京のスケーターカルチャーみたいなのが背景にある人だなっていう風に思った記憶があります。

F:小笠原さん(1966年生まれ)と落合さん(1977年生まれ)は10歳ほど年齢が違うわけですが、逆に小笠原さん世代の特徴と言えば?

小笠原:僕らの世代はもっとプロダクト寄りなんだと思うんです。それこそ「サイ(Scye)」は同世代なんですが、プロダクトクオリティを突き詰めていくような服作りをするデザイナーが多いなと。

ベージュのカーディガンを着た男性

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F:今も変わらずカルチャーを発信しているのがファセッタズムという認識ですか?

小笠原: ファミマがある今は、ファセッタズムでの作り方がちょっと変わってきた気はします。それはやっぱり、ファミマでやることがすごく多いのでしょう。昔みたいに自分のブランドを全面にというよりは、継続モデルを展開したり、すでにあるデザインをアップデートしたりと、MD的な要素が昔より強い気はしますね。

 これは推測ですが、落合さんはコンビニで服を売ることへの挑戦に新しさを感じているのではないかなと。 ユニクロと比較しても店舗数は圧倒的に多いわけで、どうすれば服の売り場として成立し得るのか、 そのために何をどうデザインすべきかってことを考えているんだと思います。

F:確かに。もしかするとコンビニエンス ウェアは、ユニクロに匹敵するブランド規模になるかもしれませんね。

COMME des GARÇONS SHIRT キノコカーディガン

ベージュのカーディガン

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小笠原: 今年の春夏は、ベージュにベージュを合わせるというスタイリングにハマって。その中で重宝したのがこの「コム デ ギャルソン・シャツ(COMME des GARÇONS SHIRT)」のカーディガンです。この春夏は、正直あんまり欲しいものがなかったんですよ。展示会でもあまりオーダーしていなくて、それで春先に妻がコム デ ギャルソンのお店に行ったら店員の方がこのキノコのインターシャカーディガンを着ていて、すごく可愛いかったと言っていて。ただ在庫を確認したらソールドアウトだったんですよ。残念だなと思っていたんですが、今年ロンドンに行った時にドーバー ストリート マーケット(DOVER STREET MARKET)に行ったら、 このキノコがまだあったので買いました。

F:キノコが可愛いですね。

小笠原: すごく評判いいんですよ、このキノコ。大阪中之島美術館で行われた「エルメスのpetit hープティ アッシュ」展に行った時も、ディレクションを担当したアーティストの河原シンスケさんに「そのキノコいいですね」と言われて。

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F:素材は何ですか?

小笠原:アクリル69%、ウール29%、綿1%、ポリエステル1%の混紡ですね。アクリルが多いので、長い期間着用できるんですよ。

F:確かに、真夏以外はいつでも着用できそうですね。

小笠原:「ザ・ロウ(THE ROW)」の細江光範社長もこの間言っていましたが、「10ヶ月アイテム」を探しているそうで。1年のうち10ヶ月着られるアイテムっていうのは一番の定番。1年のうち2ヶ月は暑くて着られないけど、それ以外の10ヶ月着られるものが結局一番売れるから、そういうものを作る必要があると。このカーディガンは、それに近いですよね。2月に買って、8月以外は着用しましたから。これがウール100%だったら、そこまで長い期間は着れないので。

F:確かにそうですね。では今年小笠原さんはずっとキノコだったんですね(笑)。

小笠原:そう(笑)。丸首形のデザインもレイヤードしやすく使いやすいんですよ。

UJOH セットアップ

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F:個人的に、最近ギャバジンに目がないんですが、この「ウジョー(UJOH)」のジャケットはとても良いギャバジンを使っていますね。

小笠原:めっちゃいいでしょ。恐らくですけど、ラグジュアリーブランドも使っている日本の生地屋さんのものだと思います。シワがついても、1日ばっと湿気のあるとこで干したら、すぐに元通りになります。

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F:上質な生地を使いつつ、デザインは攻めていますね。

小笠原:ジャケットはショート丈で、着方としてはウジョーのサイトを参照してもらえればいいんだけど、このベルトを通して折り返すことで、いわゆるボンテージパンツにテープのディテールがヒップの辺りから垂れるというボトムスになるんですよ。それに、ショート丈のジャケットを合わせて、という感じで。

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F:もう一つのブラックのコットンパンツの方はレングスのシルエット自体は割とシンプルに見えます。

小笠原:西崎さん(ウジョー西崎暢)のパートナーがパターンを引いているんですけど、 ディッキーズのパンツのパターンから着想を得て、ウジョー流に変形させたそうなんです。

F:小笠原さんのパンツ選びの根本にはディッキーズがあるんですね(笑)。

小笠原:そうみたい(笑)。ポケットが細長くなっているのも独特の表情を生んでいます。あと春夏にハマったコーディネートがベージュ×ベージュとお伝えしましたが、一方秋冬は自分の中で黒のレイヤードというのがテーマとしてあって。黒を重ねることによって、新しい迫力が出ないかなみたいなことをスタイリングで試しています。

F:ではインナーも黒で統一を?

小笠原:秋はキディルのTシャツと合わせる時もありましたが、寒くなってきたので黒いカーディガンや黒いセーターでスタイリングすると思います。

黒のジャケットを着た男性

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F:丈感もあってジャケットは女性も着られそうですね。

小笠原:実はこれウィメンズのものなんですよ。ドロップショルダーなので、肩周りに窮屈さを感じることはありませんね。あとどことなく、昔のヤンキーが着ていた短ランみたいな感じもあっていいんですよ。

COMME des GARÇONS HOMME PLUS 穴あきジャケット&ショートパンツ

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F:続いてのアイテムたちはインパクト大ですね。

小笠原:まずは「コム デ ギャルソン オム プリュス(COMME des GARÇONS HOMME PLUS)」2023年秋冬コレクションのメインアイテムである穴あきジャケットです。先ほどの「10ヶ月アイテム」の話で言うと、これも10ヶ月着られるんじゃないかと思っています。これだけがっつり穴が空いていると、暑いも寒いもないので。

Image by FASHIONSNAP

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F:パターン自体はしっかりジャケットのパターンですね。

小笠原:そうですね。黒のレイヤードという今秋冬の個人的テーマにとてもマッチしているので購入を決めました。それこそウジョーのセットアップと重ねてみたり。来年1月からの海外出張にも持っていく行く予定です。

ウジョーのジャケットとスタイリング

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F:フェイクファーのディテールもパンチが効いていますね。そしてこちらのパンツもテキスタイルがすごいですが。

小笠原:面白い生地ですよね。同じく「コム デ ギャルソン オム プリュス」2023年秋冬コレクションのものですが、すごく丈夫な一方、生地が分厚すぎてボタンを止めるのがとても大変で(笑)。穿いているうちにだいぶ止めやすくなりましたけど、最初はカチカチで、トイレの時が大変でした。

黒のパンツを捲る手

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F:ショーを見て購入を決めたんですか?

小笠原:ショーもありますが、展示会でしっかり見たあとに購入を決めました。

F:ショーだと、別の視点で見ちゃいますもんね。

小笠原:そうですね。展示会だと「あ、これ似合うかな」と自分主体で考えられる余裕がありますから。

F:毎度毎度ですが、コム デ ギャルソンのショーはいかがでしたか?

小笠原:繊研新聞に掲載したんですけど、もう川久保さんは服を作ってないという原稿を書いたんですよ。もちろん服を作ってはいるんだけど、正確に言うと服というよりも今の時代におけるコム デ ギャルソンの精神性や姿勢、思想というものを表現しているショーだったんですよね。特に2024年春夏コレクションはそう思いました。今の時代に対する苛立ちとか、川久保さんが持っている憤りとか、そういうものが服という媒介を通して、ショーという形を取って、発露したんだと。全くもって新しい服でなくとも。

※繊研新聞:24年春夏パリ・コレクション コムデギャルソン、川久保玲の思想を切迫感とともに

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F:僕はまだ川久保さんは新しい服を作ろうというモチベーションでデザインしているものだと思っていました。

小笠原:もちろんその思いもあるはずです。でも現代において、新しい服を創造することは容易ではありませんから。ファッション界だけじゃなくて、世界の色々なところを巡って、苛立ちなど川久保さんなりの思いがやっぱりあるから、 それが服を通してすごいエネルギーで表現されると心に刻まれる。そういうショーって他にないですからね。

noir kei ninomiya ハーネス

ハーネス

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F:最後は「ノワール ケイ ニノミヤ(noir kei ninomiya)」のハーネス。今年はコム デ ギャルソン社のアイテムが多いですね。

小笠原:一見着用が難しそうなんですが、簡単なんですよ。ここをこうして...。あ、間違えた(笑)。

ハーネスを着用しようとする男性

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F:前後ろがちゃんとあるんですね(笑)。重量感もありますか?

小笠原:重量感プラス、ちょっとチクチク感もある(笑)。

F:これは展示会でオーダーしたものですか?

小笠原:いえ、お店で買いました。ビームス(BEAMS)のクリエイティブディレクター中村達也さんが、この間還暦祝いのパーティーをやるからとご招待頂き、行く間際になって「パーティーなのにパンチが足りねえな」となりまして。それでノワールにハーネスのパープルで大きいサイズがあると言っていたのを思い出し、購入した感じです。

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F:金額感が全くわからないアイテムですが、いくらだったんですか?

小笠原:4万、5万円だったかなと。

F:あ、そうなんですね。10万円は超えてくるのかと思っていました。ノワール ケイ ニノミヤは以前にも購入したことが?

小笠原:このハーネスが初めてで。いいなと思っていても、メンズがメインじゃないから中々購入には至りませんでした。実は知り合いがこのブラックを買っていたんですが、 今シーズンこういうアイテムがすごい便利だと話していたことも惹かれた理由の一つですね。

F:便利ですか?

小笠原:はい。「エストネーション(ESTNATION)」ウィメンズディレクターの藤井かんなさんと話していたことなんですが、 彼女はこうしたアイテムを「トッピングアイテム」と名付けているそうで。私は、昔「パーツアイテム」と言っていたことがあったんですけど、要はレイヤードとして1つ重ね、そうすることでグッとアクセントが効いて雰囲気が変わるような便利アイテムのことです。藤井さんは、2024年春夏もそういう「トッピングアイテム」が売れるはずだと話していました。

ハーネスを着用した男性

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F:実際パーティーでの反応はいかがでしたか?

小笠原:そこそこ目立てていたのかなと(笑)。みんなクラシックな格好ばかりだったので、会場では浮いていたと思います。

F:黒のレイヤードスタイルにハマっているなら、黒のハーネスを買っても良かったんじゃないですか?

小笠原:それは考えたんですけど、黒は大きいサイズがなかったのというのと、やはり友人と被るのは嫌で(笑)。

今年を振り返って

F:実は、小笠原さんのベストバイは買ったものの紹介はもちろんなんですが、ここからの一年の総括部分が業界関係者からとても評判なんです。昨年、2023年発表のコレクションが面白くなかったらどうにかなっちゃうと、 おっしゃられていました。パリをはじめ、世界各国のコレクションを見てきての率直な感想は?

小笠原:「《小笠原拓郎の目》全く新しいものを生み出すことが困難な時代へ」という記事で書いたんですが、要はさっきの川久保さんの話で、川久保さんでさえ全く新しいものを描くことがすごく困難になっている中で、そもそも新しい美しさみたいなものに挑みもしなくなっていっているデザイナーが増えているという事実があると思います。ここ数シーズンすごく感じていたんですけど、今年もそれは感じました。

※繊研新聞:《小笠原拓郎の目》全く新しいものを生み出すことが困難な時代へ

 ただ一方で、記事で書いたことでもあるんだけど、 ドリス・ヴァン・ノッテン(Dries Van Noten)が「見たことのないありふれたもの」と言ったんですよ。その言葉がすごく心に引っかかって。 見たことのないものを作るんじゃなくて、見たことのないありふれたものを作る、という彼の言葉と服にすごく考えさせられました。ありふれたものってすごい定番ってことですよね、つまりはベーシックスタンダードで。全く見たことのないベーシックスタンダードという発想は、時代性を反映したこれからの服作りの重要な視座な気がします。気候の問題や、ジェンダーをめぐる変化など考え方が変わってきていて、これまでだったら男らしいアイテムとはこういうもんだとか、春夏のテーラードジャケットと言えばこういうもんだというのがありましたが、その概念が大きく変わった。要は、ありふれたものが変容し得る時代なんだなっていうのを、ドリスは言っているんだと思うんです。それをうまくキャッチアップして、時代に合わせた新しいありふれたものを作っているデザイナーが今年は結構目立った印象で、個人的には面白いものがいっぱいありました。

Imaged by FASHIONSNAP

F:「見たことのないありふれたもの」とはドリスで言うラガーシャツをディベロップさせていたことですか?

小笠原:そうそう。ありふれたものなのになんでこんなに良いんだろうと、終わってからすごく考えさせられました。

F:小笠原さんは全く新しいものを見たいとずっとおっしゃっていますが、その思いは今も変わらずありますか?

小笠原:それはもちろん思っています。それに挑むのがファッションデザイナーだと思っていますし、新しいものを作ろうと苦しんでいるデザイナーの気持ちに寄り添いたい思いも強い。ただ、「見たことのないありふれたもの」という今の時代の捉え方と、それに合わせた今の時代なりの新しさというのは、すごく論理的に納得できる。

F:今年はヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)の後任として、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」のメンズ クリエイティブ・ディレクターにファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)が就任し、コレクションも発表しました。

小笠原:エンターテインメントですよね。ポン・ヌフを占拠してショー会場にしたことに、パリ市民からは相当怒りの声があったみたいですよ。LVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン グループのベルナール・アルノー(Bernard Arnault)会長兼CEOが、世界一の富豪だっていうことが、公にされたタイミングということもあってか、パリ市民の憤りは色々漏れ聞こえてきました。

F:フランスは格差問題もありますからね。

小笠原:そうですね。まあでもヴァージルだって別にファッションデザインができたわけじゃないですから。そういう意味で、ファッションデザインができなくても、ヴァージルが作ったマーケティングの路線を踏襲できる人を探した時に、ファレルっていうのはすごく納得できる選択肢だと思います。

男性の手

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F:ファッションデザインを学んできていない著名人のクリエイティブディレクター起用は、今後メゾンで増えていくんですかね?

小笠原:ブランディングによるんだと思います。いわゆる服を軸にしてきたブランドって、やっぱりなかなかそうは踏み切れないところが多分にあると思うんですよ。 だから、LVMHグループでも、例えば「ディオール(DIOR)」はそういうキャスティングをしないと思いますが、ルイ・ヴィトンはそもそもブランドの歴史としてはバッグメーカーですから。服を始めたのは1990年代なので。 ましてやメンズですから、ああいうキャスティングになったんだと思います。話題性を作って、バッグがたくさん売れる仕組みを作りたいということだと思います。

F:今年、個人的に気になったトピックスとしてLVMHグループが日本のメーカーとパートナーシップを結んだことでした。デニム生地メーカーの「クロキ」西陣織の老舗「細尾」ですね。去年もこの企画で、「エルメス(HERMÈS)」などのラグジュアリーブランドが職人を守ろうと行うアクションは評価できると話していましたが、LVMHグループの狙いは職人を守ろうとしているだけなのか、それとも職人の技術力を独占したいがためなのか。

小笠原:支援していくという側面と、自分たちの商品流通を守ろうという側面の両方がもちろんあるでしょう。ただ、メーカー独自の経営基盤というか、経営の独自性みたいなものも一緒に守られないと、非常に怖いなとは思いますね。

F:経営の独自性というのは?

小笠原:要は、どんどん出資比率を高めて買収に至る可能性もあるっていうことですよね。 そうなった時に、それしか生き残る道がないんであれば、そうせざるを得ないのかもしれないけど、ラグジュアリーコングロマリットが全てのものづくりを独占しちゃうということに怖さがあるというか。

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F:それこそ多様性はなくなりますね。円も安くなっていますし、今後日本の工場の買収事案も増えるかもしれません。パートナーシップにとどまらず。話は変わるんですが、繊研新聞にはジャーナリスト志望の若い人は入ってきますか?

小笠原:うちは結構入ってきますよ。ちょうどこの間入社3年以内の記者を集めて、服やファッションショーの見方などをレクチャーする講義を会社でやりましたね。それこそメモの取り方もそうだし、実際に自分の持っている服を何着か持参し、それぞれの特徴を書いてもらうということをやったり。チェック柄のジャケットがあったとして、それはグレンチェックなのかガンクラブチェックなのかという基礎的なことを教えたりしました。次世代を育てないとね。私も30年以上この仕事をしていて、キャリアがもうそろそろなところもあるので。

F:ジャーナリスティックなものを求める次世代がいるんですね。今の10代、20代はジャーナリズムよりも、誰も傷つけない編集者的志向を持つ人が多いのかなと思っていました。波風立てず、平和が一番というスタンスの。

小笠原:確かに批評の軸を立てることを得意としない人は多いかもしれません。

F:先ほどの話でもありましたが、価値観が変わってきて、どこを軸にしていいのかわからないところがあるのかもしれませんね。多様性という言葉で一括りにしてしまえばそれまでですが。

小笠原:だけど、価値観が多様になっているからという理由で片付けられない問題はあると思いますよ。新聞記事として、どういう視点でものを見るかは必要なことだし、ジャーナリズムがなければ新聞社なんていらないでしょう。

F:繊研新聞の後輩には視点の持ち方もレクチャーされている?

小笠原:視点はそれぞれだと思うんですよ。 視点は、やっぱりその人自身が作らなきゃいけない。ただその視点を作るためにどういう勉強をするべきかについてはレクチャーします。例えば、 写真家のアウグスト・ザンダー(August Sander)は、主に20世紀初頭に農民や貴族の写真を撮っていたカメラマンなんですけど、昔ながら服の作りというか、そういうのがわかる写真が沢山掲載されているんですよね。 アウグスト・ザンダーをテーマに、ドリスも「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」もコレクションを作ったことがあるほどですが、 そういう題材になりうるような作家の作品を見たりして、自分の中で知識を蓄積していかないと見る視点というのは養えない。 ファッションだけではなくアートや音楽、映画といった表現を貪欲に見て知識や教養を増やさないと、クリエイターが生み出したものの背景に何があるのかが理解できないんですよ。一方で、見たものを自分の中で理解してそれの持つ意味とか、時代との関係性を表現する上でのアウトプットの力も書き手としてはやっぱりつけなきゃいけない。そのために必要なのは圧倒的に言葉の量、語彙の量。自分が知らない表現はできませんから。

書籍

Imaged by FASHIONSNAP

 以前、コム デ ギャルソンの記事で、はさみを入れるって書いたんですよ。上質なギャバジンのテーラードコートにあえてばっさりとはさみを入れる、というようなことを書いたんですが、記事が出た後に展示会で川久保さんに会ったら、 「はさみを入れるっていい表現ですよね」と言われて。 多分これは私の言葉ではなく、以前川久保さんがはさみを入れると話していたことが自分の記憶の中に残っていて出てきたんだと思うんですが、川久保さんに言われて表現の妙というかハッと思うことがありました。英語だったらハサミを入れるなんていう表現はないですし、日本語の複雑さが要因としてあるんでしょうが、だからこそ報道でもファッション情報でも、リアリズムだけじゃなくて、リアリズムでありながらポエティックにも表現し得る可能性はある。そういう意味での語彙の量というか、それをつける勉強をしないといけないっていう話を講義でしたんですよ。

F:是非一度FASHIONSNAPで講義を開いてください(笑)。最後に2024年についてお話を聞ければと思うんですが。

小笠原:去年も言いましたっけ? ファッションはもう曲がり角に来ているって。

F:いえ、してもらっていないですね。どういった意味での曲がり角でしょうか?

小笠原:ラグジュアリーを中心に、インフルエンサーマーケティングのフォーマットが出来上がったという点ですね。もうどこもみんなそれじゃない?

F:そうですね、もうどこのブランドがどこのK-POPアイドルとアンバサダー契約しているのか正直わからないですし、追ってもないです(笑)。

小笠原:もちろん今の売り方のトレンドとしては正解なんですよ。さっき言ったような、「見たことのないありふれたもの」を必死に生み出そうとするクリエイティブなブランドであればいいけれども、それがないただのマーケティングでしかないデザインのブランドがものすごく増えているのがなんともね。ファッションが知的な興奮や文化的な刺激を与えうるものではなく、ただの商材というか、 特にお金を持った人向けの商材でしかなくなるんであれば、もう面白いものではなくなるなと。

F:この間、ある東京のデザイナーがそうしたマーケティング的合理性に若手が勝つにはロマンしかないと言っていましたね。

小笠原:9月のパリウィメンズに行った時、初日に若手ブランドをいくつか見たわけ。そしたらやっぱり好きなことをやっていて、MDなんて微塵も考えていないけど、すごい自由なエネルギーでいっぱいだったんですよ。確かに服は金儲けの商材ではあるんだけど、それだけじゃないというか、新しいものを目指して戦うデザイナーのエネルギーに感化され、やっぱりファッションっていうのはこういうもんなんだと思うことができました。だからNewJeansが素晴らしいのはわかるけど、ファッションショーの会場に来ていても、全く私の心は動かない(笑)。

Imaged by FASHIONSNAP

F:(笑)。現状メディアは、ショー会場でインフルエンサーを追いかけ掲載するとSNSの数字が見込めますからね。

小笠原:それは理解できますが、ショー会場に誰々が来ました、誰がこのコーディネートをしてレッドカーペットを歩きましたとか、そんなニュースを配信されてもなと思うわけ。そういうもんじゃないんだろう、ファッションの本質はって思っちゃう。一方で生々しく稚拙ではあるけれど、若いエネルギーの塊でしかないクリエイションを見ると、そこにファッションの本質を感じるんです。そういう意味で今ファッション業界は岐路に立っているなと。

F:そういった意味で、今年のベストバイはインフルエンサーマーケティングと距離を取った日本のブランドばかりだった。

小笠原:それもあるんですが、あとはやっぱり単純に円が弱いから(笑)。でも2024年は両極端になって逆に面白くなるかもなとも思っているんです。新進気鋭デザイナーが振り切れて、ハチャメチャなことをやってくるんじゃないかなと。閉塞感が漂ってくると、それに対するカウンターとして何か新しい流れが生まれてくるものですから。

小笠原拓郎
1966年愛知県生まれ。1992年にファッション業界紙の繊研新聞社に入社。1995年から欧州メンズコレクション、2002年から欧州、NYウィメンズコレクションの取材を担当し、20年以上にわたり世界中のファッションを取材執筆している。

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