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「いい香りだけど、なぜ好きなのか説明できない」。そんな経験をしたことのある人は少なくないはずだ。視覚や聴覚ではデジタル技術が急速に進化する一方、香りは身近にありながらも、その魅力や自分の好みを捉えて言葉にするのが難しい感覚として取り残されてきた。その非合理に真正面から向き合い、AIと自然言語処理を組み合わせて香りと言葉を結びつけるシステム「カオリウム(KAORIUM)」を開発・展開するのがセントマティックだ。同社の事業全体を統括する金子量COOに、カオリウムが生まれた背景から開発の苦心、教育・ヘルスケアへの広がり、そして今後の展望まで聞いた。
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金子量 Ryo Kaneko:1984年生まれ。東京都出身。立教大学文学部心理学科卒業。2007年から事業会社で事業戦略、ブランドマーケティング、法人営業などに従事。2023年にセントマティックに入社。取締役を務める。
「香りだけが、進化しないまま残っていた」
⎯⎯ そもそもカオリウムとは、どのような背景から生まれたのか教えてください。
2019年に創業したセントマティックの出発点には、「人の暮らしに新しい楽しみや豊かさを生み出したい」という思いがありました。「川を渡るために担ぎ手を必要としていた時代から300年後には新幹線が通る」。そんな、今ないものを作ることが、既存のものを少し便利にするよりもはるかに意味があると考えたからです。
⎯⎯ 壮大な試みですね。その中でなぜ「香り」だったのでしょうか?
スマホでも4Kや8Kの映像が当たり前になるほど視覚の解像度は上がり、聴覚も含めてデジタル技術で表現・共有する方法は目覚ましく発展してきました。ならば、人間がまだ使いこなせていない知覚を開くことや、価値を共有できていないものを可能にすることのほうに、もっと可能性があるのではないか。そう考えて嗅覚、香りを選びました。
香りは身近にあるのに、魅力や好みを捉えにくい。そこで、香りと言語を相互に変換するAI型システムとして2019年の11月にカオリウムを誕生させました。

⎯⎯ なぜ「言葉」で香りをつなぐことになったのでしょうか。
例えば、音楽に歌詞が加わると歌謡曲になって認知が広がり、絵に言葉が乗ると漫画になってエンタメとして機能しますよね。つまり、言葉には「感じていることに気づく手助けをする力」があり、認知を支援するものだと思っています。
それなら、香りと言葉をクロスさせれば、香りの認知が上がるのではないかという仮説にたどり着きました。「いい匂いだけれど、なんだろうこれは」という状態で終わるのではなく、言葉を手がかりにすることで、香りを選ぶ楽しさや、自分でも知らなかった好みに気付く体験を作りたい。なぜその香りが自分にフィットしているのかを言語化し、意味を与えていくことこそが、カオリウムの核心です。
感じ方の違いを「否定しない」設計 AIと自然言語処理の役割
⎯⎯ 開発当初、香りをAIで扱う上で直面した課題はありましたか?
一番難しかったのは、「香りの特徴を、人が実感できる言葉につなげること」です。私たちは香りの専門家が商品から感じ取った要素を言葉として整理し、データベースの土台を作っています。しかし、専門家の表現には一般の方にはなじみの薄い専門用語も多い。そこで、AIによる自然言語処理を用いて、日常の感覚や情景に結びつきやすい表現へと広げていきました。
ただ、単に分かりやすい言葉にすれば伝わるわけでもありません。同じ言葉でも、文化や個人の経験によって思い浮かべるものが異なります。海外展開に向けた英語版の開発でも、単純な直訳では香りのニュアンスが伝わらず、表現を何度も見直しました。
また、体験の設計にも工夫が必要でした。初期モデルでは、ボトルを手に取りテーブルに置くと文字が浮かび上がる仕組みを採用し、ユーザーが自然と香りへ意識を向けられるようにしました。技術の精度向上と、使う人が迷わず直感的に楽しめるデザイン・体験の設計は、常に並行して磨き続けてきた部分です。

◾️カオリウムで香りを選ぶステップ
①直感で選ぶ:デバイスに並んだ16本のボトルのうち、カオリウムがランダムにピックアップした4つの香りの中から好きな香りを1つ選ぶ。
②好きな理由を言葉で選ぶ:選んだ香りをAIボードのコルクの上に置くと、「すっきり」「軽やかな」などその香りの印象を表すキーワードが表示される。その香りのどこに惹かれたのか、最も近い感覚のキーワードをタップする。
③AIと探す:選んだ言葉を手がかりに、AIが次の香りを3種提案。そして①②を繰り返しながら、好みの香りを3つに絞り込む。
④好みを可視化:香りが3つに絞り込まれると、それぞれの香りに共通する言葉が浮かび上がる。最後には、情景や雰囲気を表す「感性言語」が導き出され、自分の「好きな香りの正体」が言葉となって現れる。例えば、「花の鼓動を運ぶ風」や「花火の音色を運ぶ川風」、など。
⎯⎯ 香りの感じ方は人によって大きく異なります。その個人差をどのようにシステムに反映しているのでしょうか?
感じ方の違いこそが、カオリウムにとって大切な出発点です。香りは大脳辺縁系へ直結する知覚なので、思考する前に感情や記憶と結びついて好き嫌いを判断してしまいます。例えば、同じ桃の香りを嗅いでも、ある方はみずみずしい果物を思い浮かべ、別の方は花や、過去に訪れた場所の記憶を連想します。その違いには、その方の人生経験や記憶そのものが表れています。
そのため、カオリウムでは「専門家がこう言っているからこの香りはこうだ」と押し付けるのではなく、一つの香りに複数の表現を用意し、体験する人自身にしっくりくる言葉を選んでいただきます。専門家による評価を共通の土台にしつつ、本人の選択を通じてその方の主観的な感じ方に近づけていく。感じ方の違いを否定せず、肯定して拾い上げる設計にしています。

接客の頼もしい“相棒”に、会話に説得力
⎯⎯ カオリウムの導入によって、香水を選ぶ側と提案する側のコミュニケーションはどのように変わるのでしょうか?
「いい香りだけれど、何が好きなのか説明できない」という状態から、自然に会話を始める手がかりが生まれます。例えば、「落ち着く」という言葉を選んだお客さまに対して、店舗スタッフの方が「どんな場面で使いたいですか」と尋ねてみる。すると、「仕事の後、一人で過ごす時間にリラックスしたい」といった、その人のライフスタイルに直結する対話が生まれます。
選ぶ側は専門用語を知らなくても自分の感覚を伝えられますし、提案する側も、商品のスペックや香料の説明だけに頼らず、お客さまが何を感じ、どんな時間を過ごしたいのかを手がかりに香りを提案できるようになります。特に、言葉にするのが難しいお客さまの好みを把握し、提案の方向性を見つける上で、カオリウムは接客をサポートする役割を果たします。ブランドの世界観や作り手の意図と、お客さま自身の感じ方をつなぐことで、「なぜ自分はこの香りを選ぶのか」という深い納得感が生まれます。接客するスタッフの頼もしい“相棒”として、その納得感を支えることこそがカオリウムの役割です。
⎯⎯ 導入店舗やブランドからは、どのような反応や発見がありましたか?
香りに詳しいお客さまからも「自分の好みを発見できた」という反応をいただくことです。いつも似た傾向の香りを選んでいた方が、カオリウムで選んだ言葉を手がかりに、「自分が求めていた雰囲気や場面に初めて気づいた」「なぜこの香りが好きなのか、理由が初めて分かった」とおっしゃる。また、香りを入口に、昔の思い出や憧れの人物像など、お客さま自身の深い話が自然と引き出されることもあります。
こうした対話は、お客さまの好みやニーズをより深く理解することにもつながります。スタッフにとっても、何を聞けばよいのか、どのような観点から香りを提案すればよいのか、その糸口が見つかりやすくなる。香りの専門知識や接客経験だけに頼るのではなく、お客さまの言葉を起点に提案を組み立てられるため、一人ひとりに合わせた接客を実現しやすくなるという発見がありました。
⎯⎯ 課題点はありますか?
同時に、機器をただ店頭に置くだけでは十分ではないことも学びました。カオリウムが導き出した言葉を手がかりに、スタッフがどのような声かけをし、どう対話を深めていくか。そこまでトータルで設計して初めて、スタッフの提案力が最大限に引き出され、香りとの出合いが納得感のある購買へとつながっていくということです。接客の技術も磨いていく必要があります。
食・空間、そして教育やヘルスケアへ 広がる香りの可能性
⎯⎯ 現在、カオリウムはビューティ関連以外へ、広がりを見せています。
2021年のサービス提供開始以降、フレグランスを扱うブランドの店舗や専門店、百貨店の催事などさまざまな場面で活用いただいています。国内では、原宿のアットコスメ トーキョーをはじめ、「生活の木」や「ミルボン」のサロンなどに設置しています。海外でも、アジア諸国およびイギリスなどの現地のブランドや小売店と協業を進めています。
また、イベントでは、言葉だけでなく、服装や好みの画像を入口に香りを探す体験も行っています。「自分の好きなもの」「なりたい自分像」「その日のTPO」など、香りに詳しい方にもこれから楽しみたい方にも合う、多様な入口を作りたいと考えています。
ビューティ関連以外では、お酒の領域にも進出しています。風味の違いや好みを言葉にしにくいという共通の課題があることから、親和性を感じています。中でもワインは、価格だけでなく味わいや好みにもとづいて銘柄を選びたいというお客さまに対し、選択の幅を広げることにつながっています。同様の課題を抱えるチョコレートやお茶、コーヒーといった食品領域、さらには住宅メーカーのショールームなど、住まいや滞在空間への応用もパートナー企業とともに進めています。

新潟県の岩の原葡萄園に導入されたソムリエAI「KAORIUM for Sake & Wine」
Image by: セントマティック
⎯⎯ 教育やヘルスケアの領域でも取り組みを進められているそうですね。
香りは、自分の内側にある感覚や思いを表現する素晴らしいきっかけになります。教育の分野では、香りから思い浮かんだ言葉や情景をもとに子どもたちがオリジナルの物語を紡ぐ「香りの授業」を実施しています。同じ香りを嗅いでも、子どもたちから生まれてくる物語はまったく異なります。自分の感じ方を自由に表現すると同時に、「友達と自分は感じ方が違っていいんだ」と多様性を知る機会になっています。
また、ヘルスケア領域では、子どもの心のケアを行うクリニックへの導入実績があります。治療効果が確立されたものとして主張するのではなく、専門家とともに可能性を探る段階ですが、香りと言葉を手がかりにして自分の気持ちを外に表現できないか、という試みです。香りは単なる嗜好品にとどまらず、自分を深く知ったり、他者の感じ方に寄り添ったりするための重要な入口になり得ると実感しています。




青森県の東通小学校で開催した「香りの授業」の様子
Image by: セントマティック
香りが「日常の選択肢」になるために
⎯⎯ 今後のビジネスの展望や課題意識について教えてください。
現在の主な事業は、ブランドや小売などのパートナーを通じて、生活者に香りの選択体験を届けることです。今後は導入先の拡大だけでなく、その体験が生活者とパートナー双方にどのような本質的価値を生むのかを、より明確にしていきたいと考えています。
店頭で「なぜこの香りが好きなのか分かった」と喜んでいただいても、その体験が一度きりで終わってしまっては、価値を届けきれたとは言えません。香水を1本買って終わりではなく、「試して、好みの理由が言葉になり、その気づきから次の探索への興味が生まれ、日常の中で香りを使い分ける」という循環をつくりたいと考えています。
その実現に向けては、生活者の体験だけでなく、店頭で香りを提案する側にとっての価値も重要です。カオリウムを通じてお客さまの感覚や好みを言葉にすることで、スタッフは提案の糸口をつかみやすくなり、一人ひとりのニーズに合わせた接客につなげられます。こうした接客の質の向上が、生活者の納得感や香りとの継続的な関係を生み出すことにもつながると考えています。
⎯⎯既存の商流を変えていくのは至難の技だと思います。
フレグランス業界では、これまで培われてきた接客や販売の仕組みが確立されており、そこに新しい体験を組み込んでいくには、その価値を明確に示していく必要があります。私たち自身、既存の接客フローが確立されている現場に、カオリウムを後から組み込む難しさも経験してきました。私たちが本来目指しているのは、1回の来店ですぐに購入してもらうことだけではなく、しっかりと悩み、納得したうえで香りを日常に持ち帰ってもらう体験です。だからこそ、パートナーとの既存の取り組みを大切に継続しながら、独自のチャネルも含めて、新しい体験価値を検証していく必要があると考えています。
また、カオリウムを通じて蓄積される「生活者がどのような香りを、どんな理由や文脈で選ぶのか」というデータは、将来的にパートナー企業の商品開発や、生活者一人ひとりに合わせた提案の精度向上にも大きく寄与できるはずです。店頭での接客を支援するだけでなく、そこで得られた気づきを商品開発や販売戦略にも還元していく。そうした循環を生み出すことも、カオリウムの可能性の一つだと考えています。海外市場においても、現地の文化や生活習慣の違いを学びながら、価値を発揮できる領域を見極めていきます。

⎯⎯ 最後に、セントマティックとして実現したい未来について教えてください。
その日の服や聴く音楽を選ぶように、香りも、自分の気持ちや過ごしたい時間に合わせて日常的に楽しめる未来です。仕事へ向かう朝に背中を少し後押ししてくれる香り、休日に普段と違う自分を楽しむための香り、自宅で一日を振り返りながらリラックスする香り。そんなふうに、香りが暮らしのさまざまな場面に自然と結びついていく世界を目指しています。
香料名や専門用語を知らなくても、服装や写真、過ごしたい気分といった身近な入口から香りを探し、AIが本人のまだ気づいていない可能性を提案する。そして実際に嗅いで、使って、自分の感覚で確かめる。その往復を繰り返すことで、自分の好みを少しずつ深めていけるはずです。
「この香りが好き」という直感に加えて、「なぜ好きなのか」「どんなときに使いたいのか」を自分なりに捉えられること。カオリウムはその発見を支え、香りとの出合いとそれをまとう意味を届けていきたい。おいしいものを食べることと同じくらい、香りが暮らしを豊かにする身近な選択肢として当たり前に存在する未来に向けて、これからも挑戦を続けていきます。

photography: Sumire Ozawa | interview: Akiko Fukuzaki, Mayu Kamitamari, editing & writing: Mayu Kamitamari (FASHIONSNAP)
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