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3年ぶりの上海の風に吹かれて【コラム連載 - ニイハオ、ザイチェン vol.25】

プラタナスの街路樹
プラタナスの街路樹

3年ぶりの上海の風に吹かれて【コラム連載 - ニイハオ、ザイチェン vol.25】

プラタナスの街路樹

中国でいま何が起こっているのか。「トウキョウリッパー」でデザイナーを務め、現在は化粧品会社に勤務する佐藤秀昭氏によるコラム連載ニイハオ、ザイチェンが再び期間限定で復活。今回は、流行発信の場として勢いを見せるエリアで訪ねた、注目の日本ブランドのショップにフォーカスする。

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(文・佐藤秀昭

💿一緒に聴きたいBGM:「風をあつめて」リーガルリリー

 2025年11月24日現在。上海の風を吸い込んでから、まだひと月しか経っていないのに、季節の移ろいよりも早く、日本と中国のあいだの空気がその温度を変えはじめている。

 中国が日本への渡航自粛を呼びかけたというニュースが流れ、航空便の運休や減便が相次いで報じられた。イベントの見送り、日本映画の上映延期の噂がSNSの中では積もり、市場ではインバウンド関連の日本企業株が急落したという報せが地鳴りのように届いてくる。

 それでも、ファッションは国境も価値観も越えて、日々の暮らしの片隅で 手を伸ばせば触れられるくらい幸せや、胸の奥をそっと震わせる一瞬のきらめき、心の底にゆっくり沈んでいく豊かさを運んでくれる。

 そう信じて、今日もここに文章をつづる。

◇ ◇ ◇

 袖丈が覚束ない10月の中旬の上海。午後3時を少し過ぎたころ、陽は角度を変えはじめているが、舗道の上にはまだ昼の名残の熱がうっすらと残っている。捕まえたばかりのレンタサイクルのペダルを軽く踏み直し、流行の発信源として名前の挙がるストリート、富民路を目指す。

*富民路
旧フランス租界の余白を残す通りに、小さな店やギャラリーが点在。海外経験を持つ若い世代やクリエイターが集まり、ローカルの感性が自然と混ざり合う“街発信”のトレンドが育ちつつあるエリア。

STUDIOUS / CONZ

 午後3時半。旧租界の並木が影を落としはじめ、赤レンガの洋館が整然と並ぶエリアに入ると、街の温度がひと呼吸だけ和らぐ気がした。

 カフェの匂いと木漏れ日の粒子が混じり合い、夏でも秋でもない甘い空気が、ゆっくりと胸に入ってくる。

外観
エントランス
内観

 1937年建築の洋館をリノベした空間。扉の向こうで「ステュディオス(STUDIOUS)」の白いロゴが柔らかく浮かび、今年6月に生まれた中国初の単独路面店としての確かな存在感を放っていた。隣には、海外初出店となる「コンズ(CONZ)」が肩を並べている。

外観
内観

 煉瓦の壁と無骨なコンクリートの柱。そこに並ぶのは、「N.ハリウッド(N.HOOLYWOOD)」のシャツジャケット、「セント マイケル(©SAINT Mxxxxxx)」のヴィンテージデニム、「ワコマリア(WACKO MARIA)」のグラフィックシャツ。それぞれがトーキョーの体温をまといながら、この街の湿度と静かに呼応している。スタッフたちは若く、姿勢に確かな意志を持っていて、言葉よりも所作に、ブランドの誇りが宿っているようだった。かつて新天地で掲げられていた旗は下ろされたが、それは終わりではなく、前に進むための助走だったのだと思う。

Ameri

 午後4時半。静安寺の交差点の奥で、金色の外壁が夕陽を拾い、海みたいにゆらゆらと光を返していた。

*静安寺
歴史ある寺院と近代的な商業エリアが地続きになった、上海らしいコントラストの街区。通勤客や旅行者が行き交う流動的な動線が特徴で、洗練された都市生活とカルチャーが自然に滲み出ている。

 2004年から、この街の呼吸を見つめ続けてきた「上海久光百貨店」。

外観

上海久光百貨店

 地下の食料品売り場では日本の食材やお菓子が並んでいる。エントランスを抜け、エスカレーターの緩い傾斜に身を預けると、視界の奥に2024年に新天地の店舗を閉じ、この久光で再出店した「アメリ(Ameri)」のロゴが目に映った。喧騒にあふれた新天地の店舗よりもずっと落ち着いた雰囲気が流れている。

内観
内観

 灰色のブロック壁、ひんやりした石タイル。ブラウンのドレス、ミリタリーテイストのジャケット、抽象画のように揺れるプリントのセットアップ。木の什器の節目が柔らかい影を吸い込み、どの服もそっと佇んでいて、この場所になじんでいるように感じた。

 そして、店内で歩みを進めると、かつて足を運んでいた、とある日系アパレルの店舗のスペースがぽっかりと空いていて、3年という時間の流れを感じた。そこにあった賑わいや気配は形としては残っていないが、心のずっと奥の方で、薄い灯りのようにうっすらと揺れていた。

 店を出ると、街全体がゆっくりオレンジへと溶けはじめていて、夕方5時のチャイムがなんだか胸に響いた。光は角ばった街並みをひとつずつ撫でて、今日という日の端っこを丸くしていった。

and STORE

 南京西路に出ると、高級ブランドの看板が黄昏の光を跳ね返し、車のクラクションと人の声が交差して街が再びざわめきを増して、季節がゆっくりと別の肌触りへ移行する音がどこかで微かに響いた。

*南京西路
大規模商業施設が連なる上海の中心地。ラグジュアリーから日常的なカルチャーまで層が厚く、都市のスピードを映すように新しい消費スタイルが次々と試される。観光とローカルが同じ温度で混ざり合う場所。

 その一角、「ニコアンド(niko and ...)」からアダストリアのブランド複合業態としてリブランディングされた「and STORE」。エントランスには赤い「EMERGENCY」の文字を刻んだ六角形のパネルに囲まれた銀色のオブジェが、まるで信号のように立っていた。2階の大きなウィンドウには、碇シンジと綾波レイが交互に投影されている。

モニター
モニター
モニター
モニター

 ニコアンドとエヴァンゲリオンの30周年を記念した今回のコラボレーションイベント。中国限定のジャケットやアートTシャツ、アクリルアートが店頭に並び、併設されたカフェでは、シンジをモチーフにした抹茶とベリーのドリンクや、マリ、カヲルをモチーフにしたホットドックが湯気をまとう。若者たちの笑い声が響く。A.T.フィールドは完全に解けていた。

店内
店内
店内
店内
店内
店内
店内
店内

 日本のアニメは、言語を超えてここで確かに生きている。それはマーケティングの枠にはとどまらず、もっと深いところで、カルチャーとしての根を3年前よりも強く張っているように感じた。

MOUSSY

 夜の入り口の五原路。街灯がひとつ、またひとつと灯り、石畳の上に長い影を落とす。カフェの扉から流れるのはシティポップ。花束を抱えた人の肩越しに、「マウジー(MOUSSY)」の白い看板を見つけた。

*五原路
街路樹の影が続く静かな住宅街に、ローカルクリエイターの店やカフェが点在。観光地化しすぎない余白があり、生活感とカルチャーが地層のように重なって“上海ローカルの文化圏”として支持を集めているエリア。

 入口には、青い花とリボンで包まれた大きなブーケ。「MOUSSY × yeye」、韓国のアーティストが生んだ犬のキャラクター「モンイ(MUNGE)」のポップアップだ。白と青で整えられた空間に、花の香りと笑い声が重なり、柔らかい時間が流れている。

内観
内観
内観
内観
内観
ぬいぐるみ

 マウジーを展開する バロックジャパンリミテッドは2010年に中国に進出し、ピーク時は中国本土で300店舗近くを展開していたが、2025年4月に中国の子会社2社を譲渡し、中国事業の経営から撤退した。しかし、すぐに新たな形での再挑戦を表明した。これまでの足跡があるからこそ、これほど早くもう一度踏み出せたのだと思う。

ショーウィンドウ

 ガラス越しに女の子がスマホを掲げて「かわいい」と笑う。どんな時代でも、どんな場所でも、誰かがかわいいと思うものをつくること。それが、いちばんまっすぐで、いちばん強い希望の光なんだと思った。

◇ ◇ ◇

 午後7時。西の空がオレンジから群青へ沈み、車のライトが通りを縫いながら、街が夜の鼓動へ切り替わっていく。

 富民路で見たトーキョーの意志

 南京西路で感じたカルチャーの熱

 静安寺と五原路で触れたブランドたちの再出発

 文脈は異なるが、それぞれのブランドが“この街で生きていくニッポンのファッション”という、物語の続きを描いていた。

 ハンドルを握り直し、招待されたランウェイショーの会場を地図の上でそっと確かめる。ペダルをひと踏み、またひと踏み。夜の風が背中に薄く寄り添ってきた。その途中、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」の白い船体のようなコンセプトストアがビルの海に碇泊してるのが見えた。

コンセプトストア外観

 自転車を止めて見上げると、華やかな光がガラスの上をすべり、風をあつめて前へ進もうとしているように見えた。

佐藤 秀昭

Hideaki Sato

群馬県桐生市出身。早稲田大学第一文学部卒業。在学中に、友人とブランド「トウキョウリッパー(TOKYO RIPPER)」を設立し、卒業と同年に東京コレクションにデビュー。ブランド休止後、下町のOEMメーカー、雇われ社長、繊維商社のM&A部門、レディースアパレルメーカーでの上海勤務を経て、現在は化粧品会社に勤務。

最終更新日:

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