ファッションライターsushiが独自の視点で、定番アイテムの裏に隠れた“B面的名品”について語るコラム連載「sushiのB面コラム」。今月は「ヴィンテージTシャツ」がテーマ。筆者が“運命的な出会い”だったと回顧するタコベルの企業Tシャツを紹介。
6月に入り梅雨らしい天気が増える。名古屋の梅雨は湿気がすさまじい。すでに服なぞ着てはいられない程度にべたつく日も多く、いつも暑さに耐えられるギリギリまで長袖のメリノセーターで過ごす僕もさすがに衣替えを余儀なくされそうである。
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前々回のコラムで書いた通り、僕は夏のアンチなのだが、この時期の記事は少しでも気を抜くと恨み節のような内容になってしまいがちなので、今回はこれからの季節に活躍するヴィンテージTシャツの楽しい話をしよう。
ヴィンテージTシャツの世界は宇宙よりも広い。Tシャツという洋服の中でも最も基本的な形をフォーマットに、数え切れないほどのデザインが存在する。カテゴリーも多岐にわたり、おそらくその世界の全貌を完全に解き明かすことは不可能ではないかとすら思う。
20世紀の初頭頃はいわゆるアンダーウェアとして認知されていたTシャツは、年代を追うにつれカジュアルウェアとして発展し、1940年代以降はカレッジTシャツやバンドTシャツなど、様々なカルチャーに紐づいたジャンルへと枝分かれしていく。ニッチなものを含めればジャンルは数え切れず、僕の知人ではご当地の銭湯オリジナルTシャツやどこかの学生が作ったクラスTシャツを収集する物好きや、最早ジャンルや新古を問わず市場にあふれる面白おかしいTシャツを憑りつかれたように日々買い続ける狂人もいる。この楽しみの幅広さがヴィンテージTシャツの面白いところだ。そんなヴィンテージTシャツはここ1、2年で急激な相場の高騰が目立ち、アートTシャツや映画Tシャツ、アニメTシャツなど、これまでにまだ掘り起こされていなかった新たなジャンルの開拓も進んでいる。
とはいえ、一般的なヴィンテージ古着の面白さといえば、やはり希少性の高いレアな個体に資産価値を見出したり、時とともに失われた古い時代特有のディテールに対するロマン、大量生産が当たり前になった現代にはない品質の高さなどにあるだろう。アメリカ製であったり、シングルステッチで作られていたり、胴体部が筒状の1枚の生地からできている丸胴のタイプがあったりなど、個体特有の魅力も様々だ。
だが、個人的にヴィンテージTシャツの醍醐味はやはりグラフィックのデザインにあると思う。当時のカルチャーを象徴するような写真や、有名バンドの伝説的なアルバムのジャケット、芸術家のアートプリントなど、様々なデザインの中から珠玉の一枚を探す。希少性にこだわるのももちろん一興だが、その中でも僕が好きなのは「自分の感性だけにぴったりハマる一着」を探すことだ。自分のルーツになったカルチャーや追っかけをしていたアーティスト、小さいころによく見ていたアニメ、なぜか感性をくすぐられる配色……もともとTシャツ自体にはそこまで傾倒してこなかった自分にも、これまでにいくつか「これは僕が買わなかったら誰が買うんだ!」というような出会いがあった。その中から今回は90年代のタコベルTシャツを紹介したい。
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まず前置きをしておくと、このTシャツは特にレアとか価格が高騰しているとかではない、いわゆるグッドレギュラー的なものになると思う。ジャンルとしては企業Tシャツに含まれ、アメリカのメキシカンファストフードチェーン「タコベル」のマスコットキャラクターである「ギジェット」というチワワのグラフィックをプリントしたものだ。
1960年代にカルフォルニアに1号店を開業したタコベルは、90年代に入るとこのギジェットを公式マスコットキャラクターとしてテレビCMなどに起用し、大きな反響を呼んだ。Tシャツやぬいぐるみのほかにいくつか公式のファングッズなんかも制作され、ギジェットの登用はファストフードチェーンとしてのタコベル自体の知名度アップに加えて、メキシコ原産の犬種であるチワワの世界的な認知にも大きく寄与したらしい。このTシャツもまた、過去にタコベルがオフィシャルで制作したグッズの一つという訳だ。
このTシャツの超個人的な魅力は2点ある。僕が大好きなタコベルの企業Tシャツであるという点と、犬のグラフィックが用いられている点だ。
実をいうと(というほどの情報ではないが)、僕は世界中のファストフードチェーンの中でタコベルが一番好きだ。これは以前から公言しており、初めて口にしたのは17歳の時。高校2年生の夏からアメリカの高校に留学していた時期があったのだが、渡米後間もない時期にホームステイ先の両親が家を空ける日があり、ホストブラザーが「今日の夜は日本にないアメリカのファストフードでパーティしようぜ」と連れ出してくれた。家から徒歩圏内のファストフード店をいくつか回り、ジャンクフードを買い込んで家のベースメントで「ハンガー・ゲーム」の映画を一緒に見ながらたらふく食べた。英語もつたなかったので映画自体は大して理解もできなかったが、新しい環境で不安だろうとホストブラザーが気にかけてくれたのが嬉しかった。インアンドアウトバーガー(In-N-Out)のハンバーガーやチックフィレイ(Chick-fil-A)のはちみつをかけるフライドチキン、ソニック(Sonic)のハッシュブラウンなど色々あったが、当時メキシカン(とはいえタコベル自体は本場メキシカンの味とはまた異なるのだが)に馴染みがなかった僕にはタコベルが衝撃的で、一瞬に虜になった。タコベル愛は語っても語りきれないが、自分にとってとにかく思い出深いアメリカの味なのだ。
そして極めつけなのが犬のプリントである。僕のTwitterを見てくれている人は知っていると思うが、僕は洋服オタクであると同時に、強烈な犬オタクでもある。物心ついた頃から飼い犬と育ち、共働きの両親だったため幼少期は親よりも犬と過ごした時間が多かった。犬種関係なく、犬にそそぐ愛情は正直異常だと周りの人にも思われているだろう。将来は自分でも犬を飼うのが夢だし、飼い犬の為に死ぬ必要があったら多分死ねる気がする。今は飼っていないが、いつ犬を拾うかわからないのでペット可の物件に住んでいるし、もし洋服と犬のどちらかを選べと言われれば、ギリギリで犬が勝つ可能性すらある。一人暮らしではなかなか飼うのにハードルがあるので今は様々な犬グッズを収集することを趣味の一つとしているのだが、このTシャツもまさにその延長なのだ。そういう意味で、このTシャツは思い出のタコベルの企業モノ&犬のプリントという二大要素を備えており、まさに自分よりハマる人間がいるとは思えなかった一着。原宿のTシャツに強い古着屋「What‘s Up」で購入したものだが、ラックを眺めていてこれを発見したときは同行者に苦笑いされるくらい「ウォッ」と大きな声が出てしまった。
かなり前のめりに好きなものの話を2つもしてしまったため長くなってしまったが、ファッション的な話をすると、正直なところヴィンテージTシャツを日々のスタイリングに取り入れることはほとんど無く、このTシャツを着るタイミングは何もない休日にコンビニへ行くときくらいである。それでもこのTシャツは見つけた瞬間に自分が買わなくてはならないと強く思った一着だった。
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思えば、所有する他の洋服たちを見ても、こういった自分の感性だけに強く響くものはいつまでも手元に残り続け、どんどん思い入れも強くなる。それらはまさに「本当にいい買い物」だったと言える。こういうモノとの出会いは気持ちを豊かにしてくれるし、時に自分のスタイルの軸を補強してくれる。自分の感性にぴったりとフィットするモノとの出会いは少ないが、できれば自分の生活を取り巻くモノは今後長い時間をかけてでも「本当にいい買い物」ができたと思えるモノだけで構成できるようになりたいと心から思う。
別に誰も好きじゃない、でも自分だけが好きなモノ。それはとても尊い。そういう意味でもヴィンテージTシャツ、特にグラフィックものは所有者の趣味趣向をわかりやすく反映してくれるし、それを着ていれば名刺代わりにもなる便利なジャンルだ。この夏は読者の皆さんも他人の価値観に揺さぶられることのない、自分だけのこだわりのTシャツを探してみてはいかがだろうか。
>>次回は7月31日(月)に公開予定
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。
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