
中国でいま何が起こっているのか。「トウキョウリッパー」でデザイナーを務め、現在は化粧品会社に勤務する佐藤秀昭氏によるコラム連載「ニイハオ、ザイチェン」が再び期間限定で復活。プロローグに続く本記事では、中国で展開する日本の大手アパレル企業を追う。
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(文・佐藤秀昭)
>>前回記事「BACK TO THE 琥珀色の街」はこちら
3年ぶりの琥珀色の街。出口が見えないトンネルのような、果てしなく狂おしいコロナ禍の日々を過ごしたリバーサイドホテルに着くと、「お帰りなさい」と懐かしい声が迎えてくれた。下ろしたばかりの「BACK TO THE 琥珀色の街」Tシャツに袖を通し、金属のメタルの部屋のドアを閉めて外へ出る。

「BACK TO THE 琥珀色の街」Tシャツ
Image by: Hideaki Sato
中国の建国を祝う大型連休「国慶節」が明けた10月の半ば。カレンダーではすっかり秋のはずなのに気温は32度。真夏のピークは全く去っていない。排気ガスと雨上がりの匂いが、地面と記憶の底からゆっくりと立ちのぼる。
プラタナスの影がアスファルトを縞模様にし、焼き小龍包の油の匂いが風に混ざっていく。公園のスピーカーから流れるスローバラードに合わせて、老人たちがゆるやかに太極拳を踊り、黄色や赤のヘルメットをかぶった若者たちは電動バイクにまたがって大声で話している。そんな音と匂いの粒子が、この街の想像以上の騒がしさを思い出させてくれる。
海外に来たら、まずは異国で日本の代表として戦うブランドたちに会いに行く。デザインと価格、生地とステッチ、その一つひとつを指先で確かめてから現地のブランドを見ると、文化の距離や感性の差異が静かに浮かび上がってくる気がするからだ。
目次
Snow Peak
街角に転がるレンタサイクルを拾って、QRコードを読み取りペダルを踏み出す。友人が話していた「ランコム(LANCOME)」との白いコラボ自転車は見つからなかったが、どこに行こうかは決めてある。

タイヤでアスファルトを切りつけながら、上海の心臓部、静安区*のケリーセンター(JING AN KERRY CENTRE)へ向かう。
*静安区
上海市の市街地中心部に位置する区。区の名称は「静安寺」に由来しており、古くから高級住宅街や商業地として栄え、現在も日本人を含む多くの外国人が住むエリア。
まず迎えてくれたのは2025年1月にオープンしたばかりの「スノーピーク」。昼下がりの陽を受けて、壁面の金属がわずかに青を帯びて光り、「HOME⇄CAMP」と書かれたディスプレイが目に入る。その静かな反射に吸い込まれるように、店内に足を踏み入れる。
1階には無垢の白木のカウンターとスチールのポットから立ちのぼる湯気。まるで森の朝を思わせるその風景と香りに、時間が少しだけゆるむ。2階にはテント、テーブル、焚き火台、そして機能的なアパレルが並ぶ。
コロナ禍を境に、中国でもアウトドア、キャンプが文化として根を下ろし始めている。指先でテントの金属のポールをなぞりながら、中国語が飛び交う日本の「モンベル」の店内を思い出した。「自然と生きる」というニッポンの思想が、この街の風と混ざり合い、確かに息づいているように感じた。





UNITED ARROWS
スノーピークの隣に構えるのは、こちらも今年の頭に新たに扉が開かれた、中国本土初の直営店である「UNITED ARROWS 上海静安嘉里中心店」。自然光に満ちた大理石のエントランスをくぐると、外の喧騒がふっと遠のき、静寂の中に凜とした空気が漂う。
店内では優しく差し込む照明のもと、ブルーグレーの柔らかいカーペットが足音を吸い込んでいく。1階と2階にわたり、「ユナイテッドアローズ」、「ビューティー&ユース ユナイテッドアローズ」「ロク」などが並び、透明のハンガーに並ぶ服は淡い光に反射している。
この秋から新たに加わったという「ハイク(HYKE)」のラインが、その空間に奥行きを与え、さらに中国ブランド「PANE」との協働が、この街の感覚を滑らかに織り込んでいた。それは単なるコラボではなく、日本と中国の美意識が触れ合う接点に見えた。
ショップスタッフは余計な言葉を挟まず、軽く会釈して一歩引く。その距離が、張りつめていた空気をほどいていく。ミニマリズムと上質さが共鳴する場所。この街の速さの中で、ユナイテッドアローズはひとつの「静かな居場所」を築いている。






BEAMS
ビームス40周年の「今夜はブギーバック」を聴きながら、新天地へ向かう。
台湾で10店舗以上を展開してきたビームスが、2024年9月ついに上海に出店した。パートナーはアジアの雄、ア・ベイシング・エイプを傘下に抱える香港のI.T。現地にしっかりと根を張るという強い意志と戦略の深さを感じる。
午後の光がガラスを反射し、オレンジの看板をまぶしく照らす。日本では見慣れたその色が、異国の陽射しの下ではより鮮やかに見えた。
館内に入ると、エントランスにオレンジ色のワゴンが配置され、赤煉瓦とウッドに彩られた店内には「ビームスボーイ」「レイビームス」「ビームスティー」が並ぶ。上海限定のTシャツやトートバッグも展開され、カジュアルの奥に潜む「こなし」と「ユーモア」が際立って見える。
ハチ公のシルエットのTシャツを手にしていると、くたっとしたデニムシャツを着たスタッフが笑いながら話しかけてきた。左腕に刻まれたトライバル柄のタトゥー。日本の丁寧さと上海の自由さが、同じ空気の中でやわらかく混ざり合っていた。「ニッポンの遊び心」が、この街の日常に軽やかなリズムを刻んでいた。





◇ ◇ ◇
店を出ると、さっきまで乗っていた自転車は、誰かが乗っていってしまったのか、見当たらない。新たな愛車を探しながら考える。
かつてこの国のファッションの文脈では、「メイドインジャパンへの信頼」「ロゴものが売れる」「赤がウケる」⎯⎯そんな陳腐な方程式が語られていた。
けれども今は、韓国ブランドと国潮(グオチャオ)*の成長があり、声の大きなヒトの「いいね!」と、スマートフォンの中での熱量と速さが、未来の形を毎日塗り替えている。そして、実際に服に触れられるステージは昇華され、上海の人々は「モノの背景にあるストーリー」と「作り手の思想」を見つめている。
*国潮
中国の伝統文化と現代のトレンドが融合した新しいカルチャームーブメント
その中でここ数年、かつて眩しかった日系ファッションの光はぼんやりと霞んでいるように感じていた。為替、関税、物流、転売による日本のマーケットとの価格差。そして外資であるがゆえのローカライズ、デジタル化への対応の遅れ。この街で日本のファッションが存在感を発揮するのはもちろん簡単ではない。
それでも、3年ぶりの上海でニッポンの服たちが放つ光は眩くて心からわくわくした。
陽が少しだけ陰り、アスファルトの影がゆっくり薄まる。Tシャツの袖が風に吹かれて揺れる。ハンドルを強く握って、次のニッポン代表に会いに行く。休日はまだ始まったばかり。
💿一緒に聴きたいBGM:Hachikō / 藤井風
群馬県桐生市出身。早稲田大学第一文学部卒業。在学中に、友人とブランド「トウキョウリッパー(TOKYO RIPPER)」を設立し、卒業と同年に東京コレクションにデビュー。ブランド休止後、下町のOEMメーカー、雇われ社長、繊維商社のM&A部門、レディースアパレルメーカーでの上海勤務を経て、現在は化粧品会社に勤務。
最終更新日:
■コラム連載「ニイハオ、ザイチェン」バックナンバー
・vol.23:BACK TO THE 琥珀色の街
・vol.22:上海ファッションウィークと日曜日のサウナ
・vol.21:上海の青い空の真下で走る
・vol.20:上海でもずっと好きなマルジェラ
・vol.19:上海のファッションのスピード
・vol.18:ニッポンザイチェン、ニイハオ上海
・vol.17:さよなら上海、サヨナラCOLOR
・vol.16:地獄の上海でなぜ悪い
・vol.15:上海の日常の中にあるNIPPON
・vol.14:いまだ見えない上海の隔離からの卒業
・vol.13:上海でトーキョーの洋服を売るという生業
・vol.12:上海のスターゲイザー
・vol.11:上海でラーメンたべたい
・vol.10:上海のペットブームの光と影
・vol.9:上海隔離生活の中の彩り
・vol.8:上海で珈琲いかがでしょう
・vol.7:上海で出会った日本の漫画とアニメ
・vol.6:上海の日常 ときどき アート
・vol.5:上海に吹くサステナブルの優しい風
・vol.4:スメルズ・ライク・ティーン・スピリットな上海Z世代とスワロウテイル
・vol.3:隔離のグルメと上海蟹
・vol.2:書を捨てよ 上海の町へ出よう
・vol.1:上海と原宿をめぐるアイデンティティ
・プロローグ:琥珀色の街より、你好
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