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服が並ぶ店内

「古着」と「ヴィンテージ」が映し出す上海のファッションのいま【コラム連載 - ニイハオ、ザイチェン vol.30】

3軒の古着屋から街の変化を紐解く

服が並ぶ店内

中国でいま何が起こっているのか。「トウキョウリッパー」でデザイナーを務め、現在は化粧品会社に勤務する佐藤秀昭氏によるコラム連載ニイハオ、ザイチェンが期間限定で復活。18年前、3年前、そして今、上海の街はどのように変化していったのか⎯⎯「古着」「ヴィンテージ」をキーワードに同氏の視点でレポートする。

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(文・佐藤秀昭

💿一緒に聴きたいBGM:never young beach「明るい未来」

 振り返ると、僕が初めて上海の地に足を踏み入れたのは、今から18年前のことだった。自分で始めたブランドにいったん区切りをつけ、下町にあるOEM会社で、駅ビルやショッピングモールに並ぶ服のデザインに関わっていた頃だ。

 職場で交わした上司や同僚との取り留めのない会話。感性の鋭いデザイナーたちとコストという現実に挟まれながら洋服に向き合っていた時間。Excelのセルは結合してはいけない、という社会人としての基本から、仕事終わりに立ち飲み屋で教わったホッピーの割り方まで。そうした細々とした記憶が、いつの間にか身体の奥に沈殿して、いまの自分の輪郭を静かにつくっている。

 当時は、ほぼ毎月のように中国に渡っていた。上海や広州のような大都市もあれば、青島や煙台といった工業都市、日本人の姿がほとんど見えない北朝鮮国境に近い街を訪れることもあった。自身でやっていたブランドは日本製で、しかもごく小さなロット。赤い火鍋に溺れ、息継ぎ代わりの白酒でさらに深く沈みながら、大量生産の服がこの国のどこで生まれ、誰の手を経て形になるのかを、身体で覚えていく日々だった。

 たまに上海の街へ出ると、目に入るのはファストファッションの大型店と、どこかで見覚えのあるデザインをなぞらえたようなものが並ぶローカルのお店ばかりで、日本では当たり前のようにある、着古されたスウェットや色が落ちたデニムのようなアメカジを扱う古着屋や、ラグタグやセカンドストリートのようなブランド物の古着を軸にした店はほとんど存在しない。その、「古着やヴィンテージがない」という状況自体が妙に新鮮に感じられたことを覚えている。

 そして3年前。作り手ではなく、売り手として滞在した上海で、街は少し違う表情を見せ始めていた。サステナブルやヴィンテージという言葉が、ファッションの文脈に混じり込み、ラグジュアリーのリユースショップが、点描のように街に浮かび上がっていた。

 今回の渡航で、この3年で生まれた店をいくつか巡るうちに、この街に「古着」と「ヴィンテージ」という文化が、確かに根を張り始めていることを知った。その実感を与えてくれた3軒のお店を、ここに記しておきたいと思う。

TERMINAL69

 上海の夜は、歩いているだけで目と鼻と耳から次々と情報が流れ込んでくる。瞬きを誘うネオンの光、嗅ぎ慣れないタバコの匂い、切れ目なく響くクラクションと何かに苛立ちをぶつけているようなドライバーの声。少し進むだけで感覚が飽和しそうになるなかで、「ターミナル69(TERMINAL69)」というグリーンのネオンサインだけが、不思議と輪郭を失わずに浮かんでいた。店の入り口は別の世界へ通じる門のようで、ガラス越しに滲む赤い光がこちらの存在を静かに測っているようにも見える。

 2015年にオンラインストアとして始まり、時間をかけて世界観とコミュニティを育ててきたこのショップは、2020年から店舗展開を始め、2024年6月にクラブやバー、アンダーグラウンドなイベントスペースが点在する、上海のナイトカルチャーのスポットである太原路に実店舗を構えた。

 扉を開け、地下へ降りていくと、空気の密度が一段変わる。赤と紫を基調にした空間に、ベルベットの壁、シャンデリア、ミラーボール、十字架や聖像、鳥の羽のヘッドピースと顔つきの虎柄のソファー。強いモチーフが重なっているのに、不思議と居心地は悪くならない。

 ラックに並ぶのは、「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」「ジャンポール・ゴルチエ(Jean Paul Gaultier))」「ヘルムート ラング(HELMUT LANG)」「メゾン マルタン マルジェラ(Maison Martin Margiela)」といった、1980〜90年代のアーカイヴ。

 ガラスケースの中には、ジュエリーや小物と並んで、新聞のスクラップや殴り書きのメモなど意味を含ませた紙片が重ねられ、資料やイメージブック、過去のルックを切り取ったページが、アクセサリーと同じ高さで置かれている様子から、この場所が服を売るためだけの空間ではないことが伝わってくる。

 店名は、日本のあるVシネマに登場する女性型サイボーグ「T-69」に由来するとされており、ニッポンのカルチャーに影響を受けた世代が上海という街で独自の解釈を重ねてきた時間が滲んでいるように思えた。

 ラックに並ぶ服には、店としての体裁を整えるために値札が付けられている。だがそれらは袖を通すための衣服でありつつも、長い時間を生き抜いてきたアートピースに近い佇まいをしていた。ステッチの癖や生地の重み、その奥に沈殿した時間までも含めて、一着一着が声高になることなく、静かに何かを語りかけてくる。

 この店には、オーナーが思い描いた明確な世界観があり、服はその世界を成立させる要素として、それぞれに居場所を与えられている。 売り場でありながら、空間には感覚を研ぎ澄ませるような、どこかインスタレーションを思わせる張りつめた空気が流れていて、気づけば背筋が伸びていた。服を眺めているというより、こちらの感性が静かに試されているように感じた。

 地下から地上へ戻ると、先ほどまで耳にまとわりついていた街の喧騒が、ほんの少し距離を取って響いているように思えた。 

TIMES REMAKE

 場所は静安区・富民路。プラタナスの並木が続き、カフェやギャラリーが点在する通りで、TOKYO BASEが運営する「ステュディオス(STUDIOUS)」と「コンズ(CONZ)」の新店舗がオープンしたその並びに「タイムズリメイク(TIMES REMAKE)」はある。行き交う若い人たちの足取りも軽く、この一帯がいまの上海の温度を、そのまま映し出しているように見えた。

 小紅書(RED)によれば、この店は2019年に服のリペアを行いながらロックやヒップホップのヴィンテージTシャツを扱う小さなスタジオとして始まり、2023年10月、この街に実店舗を構えたという。

 扉を開けると、まず視界を占めるのは「リーバイス(Levi’s®)」の圧倒的な量のヴィンテージデニムだった。中国でこれほどのボリュームのデニムを目にしたのは、正直なところ初めてだ。

 そのブルーのグラデーションの壁の脇には「ラルフ ローレン(Ralph Lauren)」のシャツが24色セットの色鉛筆のように整然と並び、重くなりがちな打ちっぱなしのコンクリートの空間に爽やかな抜けをつくっている。「リーバイス」と「ラルフ ローレン」。その並びから、アメリカンカジュアルへの揺るぎない敬意が静かに伝わってくる。

 壁際とラックには、毛沢東、パルプ・フィクション、ビョーク、ソニック・ユース、カート・コバーン、ミッキーマウス。時代も背景も異なるアイコンたちが、Tシャツという額縁の上で自然に並んでいる。

 ニルヴァーナやマイケル・ジャクソンのTシャツは、レコードスリーブのように一枚ずつビニールに収められている。

 エヴァンゲリオンのTシャツは、骨董品のような佇まいのiMacの上に置かれ、クロムハーツのキャップの下には「AKIRA」の単行本が静かに重ねられている。その下の棚には、マイメロディとハローキティのぬいぐるみ。ニッポンのアニメとノスタルジックなデジタル、バイカーをルーツにしたラグジュアリーとサイバーパンク、そしてカワイイ。それぞれの均衡が不思議と心地いい。

 価格帯は決して控えめではない。カート・コバーンのTシャツは10万円を超え、リーバイスの赤耳デニムの中には20万円以上の値が付けられたものもあった。ここでは、古着と新品が同じ空間に自然と溶け込み、その合間に「クロム ハーツ(CHROME HEARTS)」やギャルソンのヴィンテージが、過度に主張することなく差し込まれている。

 そして奥には、業務用のシルクスクリーン機が置かれている。再構築されたオリジナル商品は荒々しい手仕事の気配が残っていて、リメイクはこの店にとって特別な演出ではなく、日常の延長にある作業なのだと分かる。その未完成さこそが、かえってこの店の魅力を引き上げているように感じられた。

 流行から半歩距離を取りながら、服と人との関係を確かめ続けるようで、そのスタンス自体がいつの間にか新しい潮流を生み出している。タイムズリメイクの佇まいは、この街の現在地を静かに映し出しているようだった。

ZZER

 空港、高速鉄道、地下鉄が幾層にも折り重なる巨大な結節点、虹橋火車站駅。スーツケースを転がす人たちとすれ違いながら地下鉄から長い通路を進んでいくと、エメラルドグリーンのサインに「ジーアー(ZZER)」の文字が浮かび上がる。

 ジーアーは、2015年に中国で中古ラグジュアリーを扱うオンラインプラットフォームとしてスタートした。AIによる鑑定と価格設定、流通を徹底的にシステム化しながら在庫を蓄積し、その延長として、2022年にこの虹橋火車站駅の地下に実店舗を構えている。

 入場にあたっては、まず専用のアプリをダウンロードし、登録を済ませてから、すべての荷物をロッカーに預ける。そして入口で手渡されるのは、親指と人差し指だけに穴が開いた手袋だ。この一連の簡潔な手順を終える頃、感覚は自然と切り替わり、身体は「管理された消費の空間」へと移行していく。

 通路の壁面には、「We provide trust & experience, not products.(商品ではなく、信頼と体験を提供する)」という一文が静かに掲げられている。その宣言は、この先に広がる光景を、あらかじめ言語化しているようにも思えた。

 中へ足を踏み入れた瞬間、思考より先に「量」と「質」が押し寄せてくる。「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」、「シャネル(CHANEL)」、「エルメス(HERMÈS)」、「グッチ(GUCCI)」、「プラダ(PRADA)」、「バレンシアガ(BALENCIAGA)」、「ジバンシィ(GIVENCHY)」、「クロエ(Chloé)」、「マルニ(MARNI)」⎯⎯視界の奥まで連なるラグジュアリーブランドのバッグの壁、また壁。その反復が、空間全体を覆い尽くしている。色も形もブランドも異なるバッグたちがすべて同じリズムで並び、一定の秩序を保ったまま配置されている。商品はすべてQRコードで管理され、専用のアプリを通して価格や状態は画面越しに即座に確認できる。

 毎日のように新しい商品が入荷し、10万点を超えるとも言われる膨大な選択肢に囲まれる。その圧倒的な物量を抱えたラグジュアリーのリユースの海に身を預けることこそが、ここで得られる体験の核心なのだと思える。

 それでも、この空間が無機質に感じられないのは、その背後で、ヴィンテージを手放した人とそれを求める人の思いが軽やかに交差していて、雄弁にこの場の空気を形づくっているからだと思った。

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 店を出て手袋を外し、ガラス越しに店内を振り返る。そこに残っていたのは特定のブランド名やバッグの記憶ではなかった。大量に流通し、回収され、再び並べられる⎯⎯消費という行為が生み出す循環のスケール感だけが、静かに身体に残っていた。 壁に大きく掲げられた言葉が、あらためて意味を持って立ち上がる。

「THINK THE SECONDHAND FIRST(まずは古着から考えよう)」

 それが荒唐無稽なスローガンではなく、すでに実装された現実として目の前に広がっていたことを知った。

◇ ◇ ◇

 18年前に僕が初めて見た上海と、いま目の前にある上海はもう同じ街ではない。そのあいだで、この街で変わったことが5つあるように思う。

 1つ目は、価値を判断する視点が成熟したこと。かつてはコピーであっても、その場の気分や雰囲気に合っていれば十分とされていた。いま、上海の一部では、「本物」「純正」であることや、その背景や歴史まで含めて理解しようとする視線が見え始めている。そこには、他の人と同じものではなく、自分なりの選択を通して違いを示したいという自己表現の欲求も重なっているのではと思う。

 2つ目は、消費のリズムが変わったこと。以前の上海のファッションは、ファストファッションの速度に合わせ、季節ごとに消費されていくものだった。いまは、一度誰かの手を離れた服やバッグ、アクセサリーが再びマーケットに戻り、別の時間をまとって循環していく。消費は直線ではなく、ゆるやかな往復運動になりつつある。

 3つ目は、古着の価値が書き換えられたこと。かつてアメリカンヴィンテージは、限られた愛好家やコレクターだけが掘り下げる、きわめてマニアックな領域だった。それが世界的なヴィンテージブームと相場形成を経て、いまでは上海でも明確な「価値」を伴う存在として受け止められている。これは一過性の流行というより、洋服を評価し、値段をつける基準そのものが更新された結果なのだと思う。

 4つ目は、上海という街の立ち位置が変わったこと。18年前の上海は、日本や欧米のマーケットを参照し、ときに模倣しながら価値を吸収していく街に見えていた。いまの上海は、巨大な消費地であると同時に、価値を自分たちの手で編集し、循環させていく側へと、少しずつ重心を移している。

 5つ目は、それらの変化をビジネスとして成立させる「場」が生まれたこと。ターミナル69のように思想や文脈を前面に押し出す店があり、タイムズリメイクのようにアメリカンヴィンテージを独自の解釈で提示する場所があり、ジーアーのようにリユースを圧倒的なインフラとして成立させる存在もある。方向性は違って見えても、いずれも同じ地層の上に立っている。

コピーから本物へ

均質から希少へ

新品からヴィンテージへ

そして、所有から循環へ

 いつの間にか、そんな変化がこの街の風景の一部になっている。この先に何が待っているのかは分からない。それでも、この街のファッションがこれからどんな未来へ向かっていくのかを思うと、ほんの少しだけ楽しくなる。

佐藤 秀昭

Hideaki Sato

群馬県桐生市出身。早稲田大学第一文学部卒業。在学中に、友人とブランド「トウキョウリッパー(TOKYO RIPPER)」を設立し、卒業と同年に東京コレクションにデビュー。ブランド休止後、下町のOEMメーカー、雇われ社長、繊維商社のM&A部門、レディースアパレルメーカーでの上海勤務を経て、現在は化粧品会社に勤務。

最終更新日:

■コラム連載「ニイハオ、ザイチェン」バックナンバー
・vol.29:上海の展示会での再会と再開した青春協奏曲
・vol.28:上海で思い出した1996年、秋、渋谷と裏原宿
・vol.27:上海で逢った魯迅とハローキティ
・vol.26:上海ファッションウィークで聴く2つのTomorrow Never Knows
・vol.25:3年ぶりの上海の風に吹かれて
・vol.24:3年ぶりの上海でどこにいこう
・vol.23:BACK TO THE 琥珀色の街
・vol.22:上海ファッションウィークと日曜日のサウナ
・vol.21:上海の青い空の真下で走る
・vol.20:上海でもずっと好きなマルジェラ
・vol.19:上海のファッションのスピード
・vol.18:ニッポンザイチェン、ニイハオ上海
・vol.17:さよなら上海、サヨナラCOLOR
・vol.16:地獄の上海でなぜ悪い
・vol.15:上海の日常の中にあるNIPPON
・vol.14:いまだ見えない上海の隔離からの卒業
・vol.13:上海でトーキョーの洋服を売るという生業
・vol.12:上海のスターゲイザー
・vol.11:上海でラーメンたべたい
・vol.10:上海のペットブームの光と影
・vol.9:上海隔離生活の中の彩り
・vol.8:上海で珈琲いかがでしょう
・vol.7:上海で出会った日本の漫画とアニメ
・vol.6:上海の日常 ときどき アート
・vol.5:上海に吹くサステナブルの優しい風
・vol.4:スメルズ・ライク・ティーン・スピリットな上海Z世代とスワロウテイル
・vol.3:隔離のグルメと上海蟹
・vol.2:書を捨てよ 上海の町へ出よう
・vol.1:上海と原宿をめぐるアイデンティティ
・プロローグ:琥珀色の街より、你好

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