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上海で見たルイ・ヴィトンの船とマルジェラのクリスマスツリー【コラム連載 - ニイハオ、ザイチェン vol.32】

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中国でいま何が起こっているのか。「トウキョウリッパー」でデザイナーを務め、現在は化粧品会社に勤務する佐藤秀昭氏によるコラム連載ニイハオ、ザイチェンが期間限定で復活。今回は、ルイ・ヴィトンが上海にオープンした“巨大な船”の中で行われているエキシビションを訪問。トランクからスニーカー、貴重な資料までが無償で公開されているその全貌をレポートする。

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(文・佐藤秀昭

💿一緒に聴きたいBGM:小沢健二:ぼくらが旅に出る理由

 3年ぶりに上海へ降り立ち、10月のファッションウィークで慌ただしく過ごした滞在から2ヶ月。街がクリスマスの灯りに包まれはじめる師走の12月、僕はふたたび上海を訪れることになった。かつてお世話になった、お寿司を愛してやまない中国語のリー先生の結婚式に参列するためだ。お相手はMのマークのハンバーガーチェーンで働くアメリカ人のクロエさん。それで僕は腕をふるって、あふれる幸せを祈るTシャツを作ろうと2人の名前を並べてみると、ブランドのコラボレーションみたいだなと思った。

 日中間の政治的な動きや経済環境の変化、日本ブランドを取り巻く厳しい現実など、明るい話題ばかりが聞こえてくるわけではない。そんな中で僕が綴っている上海の風景は、限られた滞在時間の中で歩いた場所や、出会った人との会話からすくい取った、きわめて私的な記憶に過ぎない。それでも、日本と中国の関係が揺れ続けるいまだからこそ、ファッションというフィルターを通して、この街の断片を記録し続けておきたいと思う。

◇ ◇ ◇

 日本を発つ前、昨今の日中関係のエトセトラが頭をよぎり、直前でフライトが欠航するかもしれない、そんな不安もあった。しかし実際は拍子抜けするほど穏やかに、12月のとある金曜日、まだ街が目覚め切らない時間に僕は無事に上海へ降り立った。結婚式は翌日。まだ丸一日ほどの余白が残されている。そこで僕はどうしても足を運んでおきたかった、上海で開催中の「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」の展覧会「ルイ・ヴィトン エクストラオーディナリー・ジャーニー(非凡之旅)」に向かった。

 会場は、2024年6月末に上海のど真ん中に姿を現した全長100メートル超、高さ約30メートルのルイ・ヴィトンの船の形をした大型施設だ。総面積は約1600平方メートルと体育館に近い規模で、1・2階が展示エリア、3階にカフェが設けられている。船内は複数のコンセプトごとに部屋が区切られ、来場者は順路に沿って巡る構成になっている。ブランドのアーカイヴ作品を集めたその展示は無料で公開され、そこでの非日常的な体験は中国のSNSで連日のように拡散されていた。

 近年、中国のラグジュアリー市場は拡大一辺倒の段階を越え、消費の熱量はいったん落ち着きを見せている。そんな局面で、トップランナーであるルイ・ヴィトンが上海という都市にどんな「場」を用意しているのかを、自分の目で確かめてみたかったのだ。

◇ ◇ ◇

 夜の南京西路に立つと、遠目にもすぐそれと分かる建築が静かに視界へ入り込んでくる。

※ 南京西路:上海でも屈指の人流を誇るエリア。高級ブランドの旗艦店や大型商業施設が軒を連ね、観光客とローカル、昼と夜が常に交錯する通り。

 船の舳先を思わせる輪郭に、モノグラムを全面にまとったその姿は、ネオンと高層ビルがひしめく上海の夜景の中で、明らかに異質な存在感を放っている。街のスピードやスケールに迎合するのではなく、まるで別の時間の層をそっと差し込んだような佇まいだ。

建物外観

 入場は事前予約制で、表示される予約ページは配色からタイポグラフィ、余白の設計に至るまで、ブランドの美意識が行き届いていて、発行されるデジタルインビテーションには、自分の名前と日時が明記されていた。会場に足を踏み入れる前から徐々に高揚感は高まっていた。

デジタルインビテーション
デジタルインビテーション

 そして、僕は、この展示を通じて、ルイ・ヴィトンというブランドが歩んできた歴史と創造の広がりを全身で受け止めることとなった。

入り口


◇ ◇ ◇

 会場に足を踏み入れた瞬間、思っていた以上に気持ちが跳ね返った。最初に現れるのは、無数のトランクで組み上げられた通路だ。実物のトランクが天井から壁面へと幾何学的に積層され、その光景が鏡面仕上げの床に映り込む。視界の上下が反転するような感覚に、気づけば少し呼吸が浅くなっていた。ルイ・ヴィトンの船に「乗り込む」という設定が、説明よりも先に身体に入り込んでくる。

会場の通路

 その先には、広告や設計図、スケッチ、新聞記事、手書きのメモといった紙資料と、年代や用途の異なるトランクが並列して置かれている。資料とプロダクトが交差することで、旅の道具として始まった思想が、時間をかけてどのように姿を変えてきたのかが、自然と浮かび上がる。開かれたトランクの中を覗き込むと、外観の華やかさよりも、その内側に積み重ねられてきた機能と試行錯誤の厚みに思わず足が止まった。

紙片
紙片
トランクと紙片
トランクと紙片
トランク
トランク
トランクと紙片

 さらに奥へ進むと、書籍や資料ボックスに囲まれた空間へと切り替わる。均質に整えられた棚と抑制の効いた展示が、知識や記録として積み上げられてきた時間を淡々と示している。多くを語らずとも、長い歴史を支えてきた基盤が、空間全体から静かににじみ出ていた。

トランクと本
トランクと本

 続く香水のセクションでは、同じ形のボトルが淡い色の違いだけを残して反復されている。視覚的には穏やかなのに、不思議と記憶に残る。ルイ・ヴィトンが、形あるプロダクトだけでなく、香りや感情、移動の余韻といった目に見えないものまで、デザインの射程に含めてきたことが、鼻孔をくすぐる香りとともに伝わってきた。

香水
香水
香水

 その流れの中で現れるスポーツのセクションには、競技や移動のためのバッグやトランクとともに、カラフルなスニーカーが並ぶ。用途や時代に応じて、旅の道具として生まれた思想と機能が形を変えて更新され続けて、その蓄積が時代とともにスポーツの世界にも広がっていったことが自然と伝わってきた。

バッグ
靴
トランク
バッグ

 やがて階段を上ると、空間は実験室のような工房へと移る。工具や素材、工程が具体的に並び、職人技と検証の積み重ねが可視化されている。

部品
工具
イラスト
ボトル
部品
部品
トランク

 機械による開閉テストも公開されていた。この動きを見ていると、美しさだけでは成立しない、品質に対する厳しさがはっきりと浮かび上がる。その瞬間、ブランドの奥行きに、もう一段深く触れた気がした。

 ここまでの展示は、派手に驚かせるというより、空間を進むごとに、ブランドが積み重ねてきた時間と射程を、少しずつ身体に沈み込ませていく構成だった。けれど、最後の部屋を前にして、空気ははっきりと切り替わった。

 暗がりの中で、ガラスの円筒の中に立つのは、歴代のコレクションピースたちだ。服やバッグは互いに距離を保ちながら配置され、それぞれが独立した思考の単位として立ち上がっている。時代ごとに異なるデザイナーのクリエイションが連なり、ルイ・ヴィトンというブランドが、常に更新され続けてきた存在であることが、ここではっきりと示されていた。

1 / 19
マネキン
バッグ
マネキン
トランク
バッグ
バッグ
バッグ
マネキン
マネキン
マネキン
マネキン
マネキン
マネキン
マネキン
トランク
マネキン
マネキン
マネキン
マネキン

 ここで改めて、ルイ・ヴィトンのコレクションを振り返ってみた。

 1997年、マーク・ジェイコブスの就任を機に、ルイ・ヴィトンは本格的にレディ・トゥ・ウェアを立ち上げ、ファッションブランドとしての輪郭を拡張していった。トランクやバッグを中核に据えながらも、ショー表現やアーティストとの協業を通じて、製品は「創造性を投影するキャンバスへと開かれていく。この時代に、ルイ・ヴィトンは“モノを運ぶブランド”から、“思想を纏うブランド”へと重心を移し始めたように見える。

 その流れを引き継ぎ、2013年からウィメンズを率いるニコラ・ジェスキエールは、服そのものの構造に強く意識を向けた。チェックや刺繍、グラデーションといった要素は、単なる装飾というよりも、身体の動きやシルエットを支える設計として扱われているように映る。彼のルイ・ヴィトンは、装うことを感情表現ではなく、構造的な行為として提示してきた。

 メンズラインでは、2011年から2018年まで在任したキム・ジョーンズが、ブランドの文脈を大きく更新した。旅というルイ・ヴィトンの原点を軸に据えながら、ユースカルチャーやストリートの感覚を積極的に導入し、2017年の「シュプリーム(Supreme)」とのコラボレーションに象徴されるように、ラグジュアリーとストリートの距離を一気に縮めた。

 2018年以降、その思考をより広く社会に開いた存在が、ヴァージル・アブローである。彼はメンズのアーティスティック・ディレクターとして、記号や色彩、言葉を用いながら、プロダクトを単なる商品ではなく、文化的なメディアとして機能させた。ルイ・ヴィトンはこの時期、ファッションの枠を越え、社会や世代と対話する装置として再解釈されていったように思える。

 そして現在、その系譜を引き継いでいるのがファレル・ウィリアムスだ。2023年にメンズのクリエイティブ・ディレクターに就任して以降、彼は音楽やポップカルチャーと高い親和性をもつ感覚を持ち込みながら、ルイ・ヴィトンの新しい像を描き出している。その表現は一見すると感覚的だが、通底しているのは一貫して「時間と距離を旅する人間を、いかに現代に投影するか」という問いのように思える。

 「クリエイションそのものが、ルイ・ヴィトンという船に乗り、未来へと旅を続けている」

 展示の灯りが背後に遠ざかり、足音だけが静かに響く出口へ向かうあいだ、僕はそう思った。

◇ ◇ ◇

 今回の展覧会で、展示物一つひとつと同じくらい強く、僕の印象に残ったのは、これほどの規模と完成度を備えたエキシビションが無償で公開されていたこと、そしてその舞台が東京ではなく上海であったという事実だ。

 成長スピードは落ち着きつつあるものの、中国のラグジュアリー市場は依然として世界有数の消費地であり、グローバル戦略の中核を担う存在である。その位置付けは、LVMHグループの地域別売上構成を見ても明らかで、日本を除くアジアが約30%を占め、アメリカを上回る最大市場となっている。一方、日本単独の売上比率は10%未満とされている。なかでもアジアの店舗数の約半数を中国が占めている点を踏まえると、今回の展示の意味はより鮮明になる。

 トランクのトンネルに始まり、アーカイヴ、素材や工具、香水、スポーツ関連のピース、そしてコレクションへと連なる構成は、「何を売るか」ではなく「どのような存在であり続けてきたか」を語るものだった。成熟した重要市場としての日本に対し、いまこのストーリーを重点的に語る場所として選ばれているのは、中国・上海なのだという印象を強く受けた。

◇ ◇ ◇

 ルイ・ヴィトンの船を後にして、上海タワーから続いていく道を、12月の夜風に背中を押されるみたいに自転車で流していた。左へカーブを曲がると、広がった景色にハッとして、ブレーキを掴んでいた。視界に飛び込んできたのは光る「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」のクリスマスツリー。

ツリー

 冷えた空気を押しのけるように、そのきらめきは街を一瞬で祝祭へと塗り替える。その光景を前に、今日見てきたものが、一本の線として静かに結び直された。冬の夜のルイ・ヴィトンの船とマルジェラの巨大なツリー。ラグジュアリーブランドの光に照らされた街並み。そのキラキラした佇まいこそが、いまのラグジュアリーブランドにおけるアジア戦略を象徴しているように思えた。

 そして、ツリーに結ばれたマルジェラの白いリボンが目に入り、結婚式につけていくはずだった蝶ネクタイを日本に忘れてきたことを思い出した。

佐藤 秀昭

Hideaki Sato

群馬県桐生市出身。早稲田大学第一文学部卒業。在学中に、友人とブランド「トウキョウリッパー(TOKYO RIPPER)」を設立し、卒業と同年に東京コレクションにデビュー。ブランド休止後、下町のOEMメーカー、雇われ社長、繊維商社のM&A部門、レディースアパレルメーカーでの上海勤務を経て、現在は化粧品会社に勤務。

ニイハオ、ザイチェン メインヴィジュアル

「メゾン マルジェラ」のカフェのレポートはこちら

上海でもずっと好きなマルジェラ【コラム連載 - ニイハオ、ザイチェン vol.20】

LIFESTYLEニイハオ、ザイチェン

最終更新日:

■コラム連載「ニイハオ、ザイチェン」バックナンバー
・vol.31:上海で逢った「かわいいだけで全然だめじゃないもの」
・vol.30:「古着」と「ヴィンテージ」が映し出す上海のファッションのいま
・vol.29:上海の展示会での再会と再開した青春協奏曲
・vol.28:上海で思い出した1996年、秋、渋谷と裏原宿
・vol.27:上海で逢った魯迅とハローキティ
・vol.26:上海ファッションウィークで聴く2つのTomorrow Never Knows
・vol.25:3年ぶりの上海の風に吹かれて
・vol.24:3年ぶりの上海でどこにいこう
・vol.23:BACK TO THE 琥珀色の街
・vol.22:上海ファッションウィークと日曜日のサウナ
・vol.21:上海の青い空の真下で走る
・vol.20:上海でもずっと好きなマルジェラ
・vol.19:上海のファッションのスピード
・vol.18:ニッポンザイチェン、ニイハオ上海
・vol.17:さよなら上海、サヨナラCOLOR
・vol.16:地獄の上海でなぜ悪い
・vol.15:上海の日常の中にあるNIPPON
・vol.14:いまだ見えない上海の隔離からの卒業
・vol.13:上海でトーキョーの洋服を売るという生業
・vol.12:上海のスターゲイザー
・vol.11:上海でラーメンたべたい
・vol.10:上海のペットブームの光と影
・vol.9:上海隔離生活の中の彩り
・vol.8:上海で珈琲いかがでしょう
・vol.7:上海で出会った日本の漫画とアニメ
・vol.6:上海の日常 ときどき アート
・vol.5:上海に吹くサステナブルの優しい風
・vol.4:スメルズ・ライク・ティーン・スピリットな上海Z世代とスワロウテイル
・vol.3:隔離のグルメと上海蟹
・vol.2:書を捨てよ 上海の町へ出よう
・vol.1:上海と原宿をめぐるアイデンティティ
・プロローグ:琥珀色の街より、你好

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